夏が終わり、乾いた秋色の風が町を拭きぬける。
うだるような暑さは過ぎたものの、まだ過ごしやすいとは言えない嫌な暑さは留まっていた。何処までも続く青空はまさに自由であり、その中を飛び回る鳥達もまた自由なのだろう。
そんな自由に思いを馳せながら鏡 蓮九朗(かがみ れんくろう)は箸を置き、頭を下げた。
「…御馳走様でした」
炊きたての白米、程よい味付けの塩鮭、ふわふわとしたほんのり甘い味付けの卵焼き、豆腐と油揚げの味噌汁を腹に納め、蓮九朗の腹は満たされた。
それを確認したかのように1つの影が蓮九朗の側に降り立った。
影は空になった盆を一瞥すると深々と頭を下げた。
「……満足していただけたようで…何よりです」
そう呟くと、影…氷牙(ひょうが)は盆を持ち、台所へと姿を消した。
夜の闇をそのまま切り取ったかのような長髪をまとめ、群青色の忍装束で隠しているつもりだろうが扇情的な身体は隠し切れていない。右の額から頬まで届く刀傷によって右目は塞がれているが、それでも充分と言うには物足りない美しい顔つき。氷牙は人間ではなく、クノイチと呼ばれる魔物娘である。
ジパング特有の魔物娘、クノイチ。元は人間の女忍者であったとされ、魔王の代替わりに魔物娘へと変化していったという。彼女達は感情表現に乏しく、無口ではあるが無愛想というわけではない。必要最低限の事のみを口にする。彼女達はその本心を愛する夫のみに見せる事を良しとしているようで、決して無感動・虚無というわけではない。
しかし、蓮九朗にはそれが信用できなかった。
蓮九朗と氷牙は夫婦の契りを交わし、晴れて夫婦となった。それでも氷牙は本心を蓮九朗に見せなかった。当初は蓮九朗も氷牙が照れていると自分に言い聞かせていたが、1年経つ今でも氷牙は無口かつ無表情であった。それは夜の営みですら変わりはしない。蓮九朗が果てると氷牙は行為を終えるのだ。
(一体、何が不満なのだ…)
剣の道しか知らない蓮九朗には氷牙の本心が見えなかった。生来、口下手で世渡り下手でもある蓮九朗にとって、女性と付き合うのは初めてであり契りを交わしたとなればそれは未知の世界への旅立ちに近いものがある。
「……主殿」
「…!」
そんな事を考えていると氷牙に声をかけられ、蓮九朗は飛び上がった。氷牙はそれに対し何も反応せず、淡々と要件を告げる。
「……本日も里にて、後進の教育に当たります故……失礼致します」
蓮九朗が何か言う前に氷牙は姿を消した。
里と言うのはクノイチの隠れ里の事だろう。何か言おうにも既に氷牙はいない。
この調子なので、蓮九朗は最近疑問に感じつつあった。
俺は本当に氷牙に愛されているのか?
「それは考え過ぎだぜ、ぶははははは!」
「……」
悩む蓮九朗を前に大吾はバカ笑いを上げ、昼だと言うのに酒を浴びるように飲み始めた。
顔の周りを針金のような髭が覆い、仁王の如く鋼の筋肉で作られた身体は見る者を畏怖させる。見た目に違わず、豪快で細かい事にこだわらない大吾は山賊の親分のようだった。そんな見た目のくせに、職業は浮世絵師だというのだから世の中分からないものである。
(このデブに相談したのは間違いだったかもしれぬ…)
げらげら笑い、焼きおにぎりを豪快に頬張る大吾を見て蓮九朗は頭を抱えた。大吾は蓮九朗の背中を叩き、顔を覗き込んでくる。
「お前は悩み過ぎなんだよ!もっと気楽に生きてみろ!!俺みたいにな!!」
「……」
(世の中、お前みたいなのばかりではたまったものではないわ)
「お前、今失礼なこと考えただろ!?」
「…読心術が使えるのか、お前」
「顔に書いてあるんだよ、お前のな!」
慌てて蓮九朗は顔を隠したが、大吾はそれを見てつぼに入ったのか更に大きく笑い出した。
「すまん、今のは嘘だ。付き合いも長いんだ、それぐらい分かるさ!ぶはははははは!」
「……」
(こ、このデブ…!!)
はらわたが煮えくりかえるようだったが、ぐっとこらえ蓮九朗は深く深呼吸をした。そうしなければ、大吾を斬り捨てそうになる自分がいるからだ。
「大吾様、その辺でお止めになった方が…」
今までのやり取りを静かに見ていた大吾の妻、雪女の雪華(せつか)がたしなめるように大吾に酌をする。おしとやかで、礼儀正しく献身的な彼女と豪快で細かい事にこだわらない大吾では水と油のようだが、意外にもこの2人は上手くいっていた。
「何言ってんだ、雪華!こいつにはこれぐらいガツンと言った方が良いんだよ!」
「申し訳ありません、蓮九朗様…ですが、どうか気を悪くしないでください」
深々と頭を下げる雪華に蓮九朗は慌てた。彼女に何の非も無い。悪いのはこので
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