“桜”のクノイチ

 「…というわけなのだ」

 「……」

 「……」

 蓮九朗に呼び出された大吾と雪女の雪華は目の前の光景に絶句していた。
 2人は蓮九朗の数少ない友人である。大吾はまるで山賊のような大男だが面倒見の良い好人物であり、雪華は物腰が柔らかく穏やかな美人として有名である。そんな2人は蓮九朗に呼び出され茶屋で話を聞いていた。
 しかし、内容が内容だけに2人は言葉が出ず、口をあんぐりと開ける事しかできない。
 それはそうだろう。
 何故なら、蓮九朗の周りを同じ顔……氷牙が3人取り囲んでいるからだ。

 「混乱されるのも無理はありませぬ大吾殿、雪華殿…」

 「ま、いきなりこんなもん見せられたら……ねぇ?」

 「あるじ殿ー、黒蜜きなこ餅食べよー、頼んでいい?」

 「す、すまない、大吾…雪華さん」

 謝られてもどうしようもない。大吾は困ったように頭をかいた。それは大吾が困った時に見せる癖であることを蓮九朗も雪華もよく知っている。

 「いや…構わねぇけど……」

 「何と言いますか……何とも面妖な」

 無理もない。
こんな相談をされても2人は混乱するだけだ。それは蓮九朗にも分かっている。もしも、蓮九朗が逆の立場であったなら蓮九朗だって混乱する。
 しかし、誰かに相談せずにはいられない。そんな焦りや不安に似た想いが蓮九朗の中にはあるのだ。
 大吾もそれを理解しているのだろう。困惑しつつも、それを責めるような事は言わなかった。ただ、困ったように頭を掻きながら唸る。

 「ん〜、何と言うか……クノイチの問題は俺らには分からんしなぁ。すまんが、力になれそうにないなぁ」

 「いや、いいんだ。こっちこそすまない」

 ため息交じりに謝る大吾に蓮九朗は頭を下げた。雪華も申し訳なさそうに目を伏せる。

 「申し訳ありません、蓮九朗様…私達では力になれそうもありません」

 「ん、雪華さんが謝るようなことじゃない。こちらこそすまない。こんなことを相談して…」

別に解決策を求めているわけではない。いや、正確にはそんな簡単に出るとは思っていないのだ。
 気が付けば、茶屋の客が遠巻きに蓮九朗達を見ている。店員も知らん顔しているがチラチラと盗み見るようにしているのは感じられる。
 中にはわざわざ聞いてくる者までいてその度に、蓮九朗は適当な事を言って誤魔化していた。こうなった原因を見ず知らずの人間に話すつもりもない。第一、言えるわけがない。

 「あるじ殿ー、黒蜜ー、食べよー」

 「いい加減にしろ、“桜の私”。今はそういう場ではないだろう」

 「全く…お気楽で羨ましいわ。こんなのが“私”なんだもの」

 「こら、“紫陽花”。そんな言い方は止めろ。あ、すいません」

 駄々をこねる“桜の氷牙”、たしなめる“椿の氷牙”、呆れたように呟く“紫陽花の氷牙”。
 3人に区別が付くようにと髪飾りを付けたのは良い考えだったと思う。髪飾りは氷牙達がそれぞれ選んで買った物だ。元は同じクノイチだったとはいえ、やはり個人差が表れている。
 桜の氷牙はやや我がままだが、素直で甘えん坊な子どものような性格。
 紫陽花の氷牙は少し捻くれているがやきもち焼きで恋人のような性格。
 椿の氷牙は2人をまとめ、蓮九朗に忠実に仕えるクノイチとしての性格。
 3人とも同じだが違う。まるで三姉妹のようだと蓮九朗は密かに思った。しかし、何故同じ分身である筈の氷牙達に個性が出たのか、それは氷牙達にも分かっていないようだった。

 「は、はい!お待たせしました!」

 蓮九朗に呼ばれた店員が、慌てたように注文を取りに来る。その視線はやはり3人の氷牙に注がれている。

 「えっと…黒蜜きなこ餅を3つで」

 「あ、あるじ殿…さすがに3つも食べられないよ?」

 「桜だけじゃない。椿と紫陽花も食べるだろ?」

 「え…ま、まぁ、た、食べる…わよ」

 「あ、主殿…あ、あ、ありがとうございます。じ、実は私もその…気になっていたのです…」

 急に蓮九朗に振られ、少し耳を赤くした紫陽花の氷牙はゴニョゴニョと呟き、椿の氷牙は恥ずかしがるように目を伏せボソッと言葉を紡ぐ。
 そんな3人のやりとりを見ながら大吾はニヤニヤとした笑みを浮かべ、雪華は温かい笑みを浮かべる。

 「…何だ、大吾」

 「いや、別に?ただ、上手くやっていけてんじゃねぇかって思ったんだよ」

 「俺の嫁だ。これぐらいは当然だろう」

 蓮九朗の言葉に3人の氷牙は止まる。

 「あ、主殿…そ、そんな、その…あぅ」

 「えへへ〜♪あるじ殿、大好きだよ!」

 「ふ、ふん!そ、そ、そんなの夫として当然でしょ?」

 蓮九朗の言葉に3人の氷牙はそれぞれの反応を見せる。
 大吾は蓮九朗がどういった対応をしているのか気にはなっていたが、この様子を
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