黒い森をリョウマ、ヤーオ、ミオの3人は駆けていた。
いや、正確には逃げていた。
夕闇が迫り、日が沈みかけているこの森の中を3人は全力で走っていた。何分逃げ続けているのか、何時間逃げているのか、すでに時間の感覚は無い。木々の間を駆け、川を越え、洞窟を進み、それでも振り切る事は出来なかった。
見なくても分かる。それがすぐ後ろにいる事が。
聞かなくても分かる。それが木々を縫い近付いている事が。
無知でも分かる。逃げる術など無い事が。
彼らは理解していた。それから逃げる事など不可能だと。
それでも3人は逃げ続けた。ただ走れと命じられ、それに従う機械のように走り続けた。
しかし、それも限界だった。
リョウマは額から落ちる汗を拭いつつ、後ろを振り返る。傭兵として生きてきたリョウマと冒険者として生きてきたヤーオはまだ走る事が出来るだけの体力がある。しかし、鑑定士として生きてきたミオには彼ら2人ほどの体力は無かった。目は虚ろになり、口からは酸素を求めるかのように舌を突き出し、その表情は限界と絶望が混ざっている。
このままでは3人ともやられる。
(3人やられるよりは…)
リョウマは2人を庇うかのように後ろへと回った。リョウマの行動にヤーオとミオは足を止め、何事かと考えたがすぐに理解した。
それを肯定するかのようにリョウマは叫ぶ。
「行けッ!お前達はこのまま行くんだッ!!」
有無を言わさぬ、まるで鬼のような声量にヤーオは怯んだが、ミオは食い下がった。
「ダメだよッ!リョウマも一緒に逃げよう!」
「そうだ!もう少しで逃げられるかもしれないだろ!諦めるな、リョウマッ!リョウマァッ!!」
ミオとヤーオの止める言葉は確かにリョウマにも届いている。2人の想いもリョウマに伝わっていた。
だからこそ、リョウマはこの2人の言葉を受け止めてはいけない。
「逃げろ、お前達ッ!!ここは俺が止めるッ!!」
「リョウマも…リョウマも逃げようよ!こんな、こんなのダメだよッ!!3人一緒じゃなきゃダメなんだよ!!」
「俺だってお前達と同じ気持ちだッ!帰れるのなら帰りたい、戻れるのなら戻りたい…でもな、ここで俺が死んでもお前達が仇を取ってくれればそれでいい!!何年経とうがお前達さえ生きていてくれれば…俺達の勝ちなんだよ」
背中に眠る大剣を握るとリョウマは構え、すぐそこまで来ている悪意に切っ先を向けた。
覚悟は出来ている。例え、死んでも惜しくは無い。
もう止められない。
「…分かったぜ、リョウマ」
リョウマの覚悟を見たヤーオはミオを担ぎ、駆け始めた。
掛け替えのない友を犠牲とした命、それが勝利と言えるのかヤーオには分からなかったが、少なくとも負けではない。それに、それがリョウマの意思ならば尊重するべきだろう。
「何するの!?ヤーオ放して!やめて、やめてよ!!」
「逃げるんだ、ミオ!僕達はリョウマの分まで生きなきゃいけない!!」
「そんな…ダメ、放して!!リョウマ!!リョウマァァァァッ!!」
ミオの悲痛な叫び声に心が痛んだが、それを気にしている余裕は無い。
それどころか、大切な仲間を守る事が出来た、そんな気持ちがリョウマの胸に溢れていた。
(良い仲間を持った…俺は…俺は本当に幸せ者だ…)
かつて、傭兵として生活していた自分。その体も心も荒み、自暴自棄になっていた自分を救ってくれたのはあの2人だった。人間らしさを、仲間のいる幸せを、そして誰かを守るために戦う事を、リョウマはヤーオとミオに教えられたのだ。
いつも、考えていた。どうすれば、この恩を返せるか。それが今なのだろう。
「来やがった…」
風を切り裂く音、そして目には見えない悪意が触手のようにリョウマの身体に絡みつく。
そして、それが姿を見せると同時にリョウマは足に力を入れ、大地を震わせるような咆哮を上げ、切りかかった。
「行くぜ…!この化け物がッ!!」
夜を迎え、森にはリョウマの雄叫びと金属がぶつかる激しい音が響いていた。
しかし、それはすぐに聞こえなくなり、夜の闇が沈黙を奏で始めた。
2年後
とある城下町。人口約20万人のこの町には人間だけでなく多種多様な魔物娘が暮らしていた。教団の教えはこの町に無く、人間と魔物娘が互いに助け合い、支え合いながら暮らしている。
空は灰色の雲が覆い、気が付けば雪が降っている。それを見た人々は空を見上げ、数日後に開かれる聖夜祭を思って顔をほころばせていた。
年末に近いこの時期、この城下町では聖夜祭に人々は思いを馳せる。愛する相手、家族と過ごし、新しい命を授かることもあるこの日を性夜祭と呼ぶ者もいるがあながち間違いではない。
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