海風が容赦なく身体を叩き、磯の香りが鼻を満たす。
手足にまとわりつくような濃霧を振り払うように足を進めるイージス・ストレイフは苛立ちと焦りを感じていた。
町を出てから3日、イージスはまともな食事も睡眠もとっていない。疲労が精神と身体を蝕み、視界を遮るような霧は自分が何処を進んでいるのか分からなくさせる。
まるで出口の見えないトンネルを歩いているようだった。
冗談ではない。つまづきそうになる足を動かし、額から落ちる汗を拭いながらイージスは舌打ちを漏らす。
こんな所で野垂れ死んでたまるか。
死への恐怖と怒りがイージスの身体を動かし、心を奮い立たせる。
死ぬために生きるのではない。
死ぬために歩むのではない。
死ぬために自由になったのではない。
そんな想いがイージスの胸を満たす。そして、そんな想いが奇跡を呼ぶ事もある。
「!あ、あれは」
最初は幻かと思った。
しかし、それは幻ではなく現実の光だとすぐに分かった。光があると言う事は人がいるという事だ。
イージスは最後の力を振り絞り、光へと向かっていった。
彼には知る由も無いがそんな彼を見つめる影があった。
そして、その陰にはイージスの姿が炎に魅せられ飛び込み、燃えていく羽虫のように映った。
光の元は小さな漁村であった。
簡易な木の作りの家は潮風に殴られすっかり痛んでいる。目に映る家々の入り口にはサメの口や魚の骨格が飾られているがこの地方のまじないか何かだろうか?イージスはそんな事を考えつつ、村人の姿が1つも無い事に気が付いた。しかし、こうも天気が悪くては外に出る物好きもいないだろう。漁に出てしまえば戻ってくる事すら困難かもしれない。
ふとイージスは1つ大きな家を見つけた。近付いてみるとそれは家ではなく、入り口に掠れた文字で“宿屋”と書いてあった。
(た、助かった…!)
イージスは身体を安堵が包むのを感じながら“宿屋”に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
入ると1階は酒場のようであった。中は薄暗く、蝋燭の光がゆらゆらと揺れて何とも頼りない。カウンター奥にたたずむ女性らしい影、乱雑に並んだテーブルの群れに人の影は少なく壁際にいるのが確認できたが彼らは光を避けるかのように小さくなっている。
違和感を覚えつつも、イージスは気にし過ぎだと自分に言い聞かせた。
「すまないが…部屋は空いていないか?」
「えぇ、空いていますよ」
カウンター奥の女はゆっくりと近付くが決して光に入ってこようとしない。それに女が動くたびにピチャピチャといった水温が響き、ゆっくりと鍵を差し出した。イージスは戸惑いながらも鍵を受け取ったがゾッとした。
鍵は濡れていた。海水だった。
「あぁ、ごめんなさいねぇお客さん。魚を捌いていたもので…ねぇ?エフッ、エフッ…」
誤魔化すように笑う女だが、その声色に全くそんなつもりが無いのは猿でも分かるだろう。イージスは海水で濡れた鍵を軽く拭いて、奥に見える階段へと歩を進めた。
「あぁ、それとお客さん」
後ろから呼び止める女の声にイージスは足を止め振り向いた。
「実は今日お祭りがあるんですよ」
「祭り?」
こんな天気でか?イージスは女の言葉に眉をひそめ、首を傾げた。
怪しんでいるイージスの事など気にもせず、女は言葉を続けた。
「えぇ、お祭りです。とーっても楽しい、ね」
「どんな祭りなんだ?」
「エフッ、エフッ…それはお楽しみという事で…エフフ」
何が面白いのか女は肩を揺らし、ただ笑うだけだった。その無遠慮で神経を逆撫でするような笑い方にイージスは内心腹が立ったが、今はそれよりもゆっくり休みたかった。
イージスは何も言わず階段に足をかけた。そして、2階に上がりチラリと1階を見ると壁際に座っていた2人の男の輪郭が一瞬崩れまるで無数の触手になったように見えたがそれもすぐに戻った。
予想以上に疲れているのだろうか、イージスは無駄な事を考えるのは止めて早目に寝る事にした。
きっと、ただの幻覚だと自分に言い聞かせて。
イージスが2階へと上がり部屋に入ると同時に、酒場にもう1人の来客が現れた。
カウンター奥にいた女は来客を見るとニンマリと笑い、親指を舐めた。
「エフフ、あれが貴女のターゲットで…今回のメインイベントかしら?」
「えぇ、そうよ。なかなか良い男でしょう?」
「エフッ、エフフッ…良いんじゃないかしら?さぁ、準備を始めましょう。楽しい楽しいお祭りのねぇ」
「カカッ、そうね、そうしてくれると助かるわ。だって、私の旦那様だもの」
「ずいぶん気が早いのね。まぁ、他の娘達も知っているからここまで手を出さずに来たんでしょうけどね」
女
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