「お、雪か…」
窓の外を見ると雪が舞っている。
灰色の雲から降る小さく白い結晶。灰色と白のコントラストに人々は思わず足を止めるだろう。
鏡 蓮九朗(かがみ れんくろう)もまた書き進めていた小説の筆を止め、降り始めた雪を眺めていた。
「去年は降っても積もらなかったからな…今年はどうなるやら」
ため息交じりに呟きながら、蓮九朗は再び執筆活動に戻った。
既に雪ではしゃぐような年齢ではない。幼き頃は雪があまり降らない地方で生活していたために降ればまるで犬のように庭を駆けまわったものだ。
しかし、蓮九朗は今年で38になる。幼き頃の想い、興味など最早何処にも無い。
顔立ちは整っているものの痩せこけた頬、鋭い目つき、険しい顔つきからまるで狼のような印象を受ける。しかし、実際に蓮九朗は人付き合いが苦手なただの世渡り下手であった。特技とも言える剣の腕も魔物娘と共存している昨今ではほぼ無用の物だ。今では細々と物語を描き、それで生計を立てている。
この先どうなるのやら…
蓮九朗がぼんやりとそんな事を考えていると、
「あ〜る〜じ〜ど〜の♪」
天井から一つの影が降り、蓮九朗に抱きついた。
「えへへ、ぎゅ〜♪」
「どうした、氷牙」
「別に?ただ、あるじ殿に甘えたくなっただけ〜♪」
気持ち良さそうに目を閉じ、甘えるように氷牙は笑う。
それにつられ、蓮九朗も笑みをこぼし氷牙の頭を撫でてやる。すると、氷牙は嬉しそうに顔を緩めもっと撫でて欲しいと言うかのように頭を押しつけてきた。
夜の闇をそのまま切り取ったかのような群青色の長髪に桃色の桜をかたどった髪飾りが映える。出る所は出て引っこむ所は引っ込んでいる理想的な体付き。右目は塞ぐ刀傷が人懐っこく笑みをこぼす氷牙の顔には不似合いであった。
氷牙はクノイチと呼ばれる魔物娘である。
元は人間の忍を開祖とするサキュバス種であり、人間の命を奪わなくなった今でも彼女達の恐るべき技と身体能力は少しも衰えてはいない。単純な身体能力だけならばサキュバスですら上回るという話だ。恐らく、本気になった彼女達は多種多様な魔物娘達の中でも上位に入るほどの戦闘能力を秘めているであろう。
しかし、そんな事にはならない。何故なら、魔王の代替わりによって魔物娘は人間を愛する事を第一とし、人間の夫を愛する事こそ至上の喜びとするのだ。昔のように血生臭い争い事などそんな魔物娘同士が起こすとはとても考えにくい。
それに蓮九朗は今の生活を気に入っていた。
豊かではないが穏やかで平和な日常だ。人間と魔物娘が助け合い、この平和な生活を築きていく。おそらく、この星が生まれ、人間が誕生、進化してきた歴史の中でここまで豊かな時代は無かったであろう。
そんな生活に蓮九朗でなくても満足しない人間などいるのだろうか?
しかし、満足はしているものの悩みが無いわけではない。
「ちょっと、“私”!いつまで蓮九朗にひッついてるのよ!!」
襖が勢い良く開かれ、開口一番に蓮九朗の膝で気持ち良さそうにしている氷牙に怒鳴る女。
事情を知らない人間がこの場を見たら卒倒するであろう。
何故なら、その女もまた氷牙だったからである。
顔つき、口調は違えど見た目は瓜二つであり、声も一緒。しかし、もう1人の氷牙は紫色の紫陽花をかたどった髪飾りをしている。
蓮九朗に抱きついていた氷牙はムスッと頬を膨らませ、顔を上げてもう1人の氷牙を睨んだ。
「むぅ〜、別に良いじゃん。だって、あるじ殿に甘えたいんだもん」
「それがダメだって言ってんのよ!蓮九朗は今、仕事中なの!大体、アンタは蓮九朗に甘え過ぎなのよ!アタシだってもっと蓮九朗とイチャイチャしたいんだからね!」
「何さ!」
「何よ!」
同じ人間が同じ声でお互いを罵倒する。
蓮九朗にとって既に見慣れた光景だが、それでも違和感は拭えない。
などと呑気に考えている余裕はない。
2人の氷牙は一触即発状態になり、懐からクナイを取り出し構えた。
「ちょ、お前達!やめろ!」
「蓮九朗は黙ってなさい!」
「あるじ殿は下がってて!」
ダメだ、全く聞く耳を持たない…
氷牙はクナイを構え、胸元まで持っていく。2人とも本気だ。
蓮九朗は止めようと立ち上がろうとしたが、それには及ばないと言わんばかりに1つの影が2人の間に降り立った。
「いい加減にしろ、“私”達」
そう言うと、影は2人の頭に強烈なゲンコツを食らわせた。
「あだッ!」
「あうッ!」
「馬鹿者。お前達のそういう態度こそが主殿を困らせるのだ」
殴られた頭を抱え、2人の氷牙は蹲る。それを冷たく見下ろしながら、影…氷牙は静かにそう言った。
鉄拳制裁をおみまいした氷牙は蓮九朗の
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