「だからねぇ!上田様の望まれるお仕事は無いんですよ!」
「……」
泣きそうな顔で叫ぶ権田を前に、上田 豊長(うえだ とよなが)は青虫を噛みしめたような苦い顔になった。
とあるジパングの町、そこでは活気に溢れちょっと前までもののけと呼ばれていた魔物娘と人間が今では夫婦となり、生活している。最近では外国と貿易も盛んになり、外国の魔物娘も見るようになった。それが古き良きジパングの文化を害すという考えもあるようだが、ほとんどの者はそれを受け入れている。
しかし、豊長にとってそんな事はどうでもよかった。
外国との貿易が盛んになろうが、魔物娘と人間の夫婦が増えようが、彼のような浪人にとって関係の無い話だ。
いや、浪人に関係ないわけではない。浪人だって上手く立ち回れば仕事に就けるご時世だ。
上手く立ち回れない豊長のような浪人は今までと何も変わりはしないのだ。
「上田様はねぇ、こだわりが強すぎるんですよ!平和になったこのご時世、今更剣の道だとか何だとかはもう古いんですよ!」
「し、しかし…武士たる者、そう簡単に剣を捨てる事など」
「そんな事言ってるから駄目なんですよ!良いですか!?このご時世、剣だけで食っていくなんて無理なんですよ!無理無理!上田様の望む剣術指南役だってねぇ、傘張りの仕事みたいに副業をやってる方が多いんですからね!」
やっていられないと言わんばかりに権田は饅頭を頬張りながら愚痴り始めた。
権田に言われなくたって豊長にだってそれぐらい分かる。
「そんな風に我儘ばっかり言って、せっかく持ってきた仕事を武士の仕事じゃないってばっさり切り捨てられる私の気持ちが分かりますか!?」
「……ぐッ」
さっきまでの泣きそうな顔は何処へ行ったのか、権田は恨めしそうに豊長を睨み上げ怒鳴り散らした。口に含んだ饅頭がまるで散弾銃のように飛び散る。
(きたねぇな…)
「もうあれじゃないですか?上田様は大根育てて売った方が良いんじゃないですか?」
「んぐ…」
権田にそう言われると豊長は何も言えなかった。
仕事も無く、万年金欠の豊長を支えているのは長屋の庭で細々と育てている大根であった。幼き頃、百姓の友人と遊んでいる時に手伝った経験を生かし、少しでも家計の足しになればと始めた大根栽培であったが、思った以上に好評であった。近所に配り、楽座に流せばそこそこの小遣いにはなる。
確かに大根は万能だ。
一晩煮込めば美味いのはもちろん、味噌汁の具にしても美味だ。大根おろしを焼き魚に乗せて醤油をかければ絶品モノである。その上、大根の葉も天ぷらにすればなかなかイケるのだ。
(……今度焼いて醤油をかけて食ってみるか)
「……大根侍」
権田の言葉に思わず豊長はカッとなったが、店に飛び込んできた男によってかき消された。
「大変だ!もののけだ!もののけが出たぞッ!!」
男の話は単純だった。しかし、簡単ではない内容だ。
最近、町外れの廃屋に魔物娘が住みついたらしい。その魔物娘はどうやら貿易船に密航し大陸を渡ってきたらしく、ここジパングで誰も見た事の無い魔物娘であった。
それだけなら大した問題ではない。ジパングでは魔物娘と共存しているくらいだからだ。
問題はその魔物娘が“人斬り”であるという点だ。
「これこそ上田様の望まれたお仕事ですよ!もののけ退治!」
「……」
「そうだ、お侍さん!どうかそのもののけを退治してくだせぇ!」
「……」
縋るような男の声、面倒くさい客から解放される喜びに顔を輝かせる権田とは裏腹に豊長の顔は暗い。それもそのはず。
豊長は臆病者であった。
人を斬った事は無く、決闘らしい決闘などやった事が無い。いくつか御前試合は行なった事はあるが、それでも実戦は無いと言っても過言ではない。
それに人間相手ならまだしも、相手は人外の存在だ。殺されるような事は無いと考えたいがどうやら相手は“人斬り”らしい。人は殺さない。近年の魔物娘に共通するこの常識も通用するか分からない。
「上田様!今こそ、その刀を振るう機会ですよ!」
(こ、怖い…)
「弱者を助けてこそ、人が望む武士の姿!鏡!上田様、今こそ浪人の中の浪人という汚名を返上するべきですよ!」
勝手な事を言う権田を豊長は睨む。
しかし、権田は怯まず、ついでに飛び込んできた男も目をキラキラと輝かせている。
マズい事になった…
豊長が内心、頭を抱えていると
「お侍さん、報酬は…」
「!!?」
男はそう言いながら、懐から小判を2枚取り出した。
鈍く黄金色に輝くその小判は豊長の心をつかむのに充分であった。男の取りだした小判の魔力に目を奪われ、豊長は茫然としていた。
「もの
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