大陸最北端の教団下にある町。そこでは全て教団の教え通りに生きている。
魔物は人類の敵。滅ぼさなければならない魔の存在。
その教えを疑う事無く、そこに生きる人々は生活している。教団を疑う者など1人もいない。落下したリンゴが地面に向かって落ちる事を疑う者はいない。それほどまでに常識として教団の教えは深く、根強く人々に浸透していた。
(ずいぶん肩苦しく生きているわねぇ…)
そんな町の上空を飛びながらそれは見下すように笑った。
星の無い夜空を映したかのような群青色の長髪、凛としつつもどこか全てを包むような整った顔立ちだけならばそれはまるで女神と言える。
しかし、それは女神などではなかった。その証拠に青く透き通った肌、サキュバス種特有の先端がハートの形をした尻尾に悪魔のように尖った翼を持っている。
それはデーモンと呼ばれる種属の魔物娘であった。
そのデーモン、ファートゥームは長髪を揺らし、ゆっくりと町を見回す。ありきたりで平凡な町並み、そんな町の中で教会が嫌でも目立つ。頭上には星が輝く。それらが見下ろすその町はファートゥームから言わせれば箱庭であった。
自分達の教えを刷り込み、逆らえないように全てを支配されている。彼らはやがて神の聖戦などと尻を叩かれ、戦場へと送られる。もしくは、魂まで染まったその教えに全てを委ね考える事を放棄しながら生きる事となる。
ここはいわば傀儡の養殖場であった。その証拠にこの町には活気はあるが、どいつもこいつも同じような顔をして、同じような生活をして、同じように染められている。
ここの住民は生きる事を放棄している。
「さぁて、いっちょやりますか…ね」
だから、私が思い出させてあげよう。生きるという事を。
教えてあげよう。魔の快楽を。
クスクスとファートゥームは肩を揺らして笑い、楽しくて仕方がないと言わんばかりに町へ、存在を隠そうともしない教会へと急降下した。
その教会は巨大なゴシック建築だった。
天井は異常に高く、明かりはごくわずかだった。正面入り口の上にあるステンドガラスには花に囲まれ、子供を抱いた女が描かれている。母性に満ちた安らぎを与えてくれるそのステンドガラスは自分に縁が無い。いや、自分にはその安らぎを預かる資格など無いのだ。何故なら、ファートゥームがこれから安らぎを与えるのだから。
祭壇の上で鈍く金色に輝く巨大な十字架が気に食わなかった。
「フン……」
ファートゥームは十字架を見つめ、気に食わないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
空っぽの偶像、あくまで気休め程度にしかならない偶像という名の存在。それはあくまで気休めだ。気休めに祈ったところで何も変わりはしない。それでも人は祈る事を止めない。人間それぞれがそれぞれの不安を抱えているのだ。例え、誰かに理解されなくても、否定されても当人からすれば深刻な問題なのだ。その不安を1人で抱えて生きていけるほど人間は強くない。だから、空っぽだろうと救いを求め偶像に縋るのだ。
(面倒くさいわねぇ、人間も…)
そんな救いの無い偶像に祈るよりも、私達のような魔物娘を受け入れる方がよっぽど救いがある。救いどころか、魔物娘と愛を交わし合えば不安を抱くような事は無くなるのだ。
それを理解していない人間は多い。
だからこそ、愛しがいがあるというものだが。
そんな空っぽの十字架に祈りを捧げる一人の男がファートゥームの目に留まった。
年は恐らく30代前半。浅黒い肌に幅広い肩幅、オールバックにまとめた銀髪とあまり牧師らしくはない。牧師の服もハッキリ言って似合っていなかった。
そんな男にファートゥームは興味を持った。
祈りに集中している男はファートゥームに気が付いていない。ファートゥームは十字架に腰かけると男に声をかけた。
「こんばんは♪」
「…!!」
ファートゥームに声をかけられた男は顔を上げ、信じられないというように目を見開いた。
「ずいぶん信仰深いのね…そういうの疲れない?」
「う、失せろ!魔物め!」
そう叫ぶと男は自らの周りに結界を張った。
詠唱無しに結界を張る男の魔力にファートゥームは素直に感心した。結界の力も悪くない。それに魔法を反射して相手に返すカウンター型の結界だ。
面白い。悪くはない。
だが、無意味だ。
「すごい魔法だ・け・ど…ざーんねん♪」
ファートゥームが指をパチンと鳴らすと、男の結界はまるでガラス細工のように砕け散った。よほどの自信があったのだろう、それが砕かれた事で男は目に見えるほど狼狽している。
まるで悪さを隠していたら見つかってしまった子どものようだ。
そんな男の様子にゾクゾクとしたものを感じながら、ファートゥームはゆっくりと男の元へ舞
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