「お前を我が色で汚し、塗り替える!それでこそ私のジャバウォックとしての物語が始まり、そしてこれもまた愛の形と言えよう!クハハハッ!」
そう叫ぶ目の前の魔物、ジャバウォックは壊れた笑い声を轟かせた。整った顔立ちを淫猥に歪め、その目には狂気と欲望が混じり合った光を宿している。
ケビンは内心恐怖を覚えつつ、それを悟られぬよう叫び返した。
「ふざけるな!何が愛だ!そんな愛があってたまるか!」
「青い!お前は実に青いな!愛する者を自分の色に染め、調教することで私の全てを注ぐのだ!これを愛と言わずに何と言う!」
「黙れ!それは貴様の詭弁だ!そんな押しつけがましい、自分勝手な愛があってたまるか!」
「あるのだよ!目の前にな!お前の目の前にいるこの私、ジャバウォックのドゥームがそうなのだ!さぁ、受け入れろ!お前にはそうするしか道は無い!」
ケビンはまるで出来の悪い演劇を見ているかのようだった。互いに言語は通じても価値観や意思といったものは通じない。まるで平行線だ。
ケビンの肩を掴んでいる腕に力が込められる。その気になればケビンなどバラバラに出来るであろう剛腕はケビンを傷つけず、しかし決して逃がさぬよう完全にケビンを捕えていた。
逃げられない。ならば、戦うしかないのだ。ケビンはそれを分かっていた。
「認めない…俺はそんな愛を認めない!」
「私に刃向かうか、面白い!ならば抗ってみせろ!そして、私の愛の前に敗北するがいい!その時こそお前は思い知るのだ!我が名はジャバウォックのドゥーム!最も淫らで最も誇り高い種族の中で、ピラミッドの頂点に立つ者だとな!さぁ、来い!我が未来の夫よ!クハハハハハハッ!」
「お客様ー?お客様ー、聞こえますかー?開けますね―」
その場違いとも言えるのんびりした声にケビンとドゥームは抱き合ったまま飛び上がった。
二人が何か言う前に宿屋のドアが開き、従業員であろう白蛇が顔を覗かせた。
「あのーお客様?失礼ですが、何やら物騒な叫び声が聞こえてくるということで他のお客様からクレー…もとい、教えていただいたのですが……?」
そこでこの白蛇は首を傾げた。見れば喧嘩や暴力沙汰のようなことは無い。それどころか、座っているケビンの膝の上にドゥームが向き合って座っている、座位面体位の状態だったのである。
ケビンは照れているのを誤魔化すように頭をかき、ドゥームは邪魔されたことが気に食わないのか不満な表情で白蛇を睨む。
ケビンはドゥームの頭をなでながら、白蛇に頭を下げた。
「えっと、すいません…実は家内と初めて出会った時のことを思い出しまして、それでそれを再現しようって話したもので…お騒がせしてすいませんでした」
「はぁ…いえ、こちらこそお邪魔して申し訳ありません。暴力や喧嘩などでなければ良いので…では、失礼いたします」
頭を下げて白蛇は出て行った。
しかし、それでもドゥームの機嫌は直らない。悪戯を注意されて拗ねる子供のように頬を膨らませる。
「無粋な奴だ。魔物娘の情事を妨害するなど…!我がブレスを浴びせ、その夫と四六時中交わることしか考えられないようにしてやろうか」
「まぁまぁ…な?俺達の声がデカかったのも悪いし、あっちは仕事だから無視するわけにはいかないんだよ」
「むぅぅ…」
唸るドゥームを見れば納得していないのは火を見るよりも明らかだった。ケビンは苦笑しながら頭を撫で、髪を指に絡めて毛づくろいの真似事をしてやるとドゥームは気持ちよさそうに目を細め、撫でるケビンの手に頬をすりつける。
まるで大きな猫のようだとケビンは思ったが、それを口に出すことは無かった。そうすればドゥームを機嫌を悪くさせるだけであり、それはケビンも望むべくものでもないからだ。
「ん〜ふ〜ふ〜♪お前の手は大きく、温かくて…優しいな。私の好きなものだ」
「ははは、ありがとうな」
ゴロゴロと喉を鳴らし本物の猫のような仕草を見せるドゥームを愛おしく感じながらも、ケビンは今夜のことに思いを馳せていた。
夕方
「祭り…だと?」
今まで夢中になって頬張っていた飴細工から口を離し、ドゥームは首を傾げた。
「あぁ、夏祭りだ。ジパングの夏祭りは規模が大きいって話には聞いていたんだが、来たことはなかったんだよ」
「なるほど、さっきから宿の外がうるさいのはそのせいか」
ドゥームは納得したように頷いて、再び手に持っている飴細工にしゃぶりついた。しかし、祭りと聞いて気になるのかチラチラと外を見ては落ち着かないように何度も座りなおしている。
ケビンはそれを見て笑みをこぼし、ドゥームをジパングに連れてきて、彼女を不思議の国から出して良かったと思った。
ジャバウォッ
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