ワームと追いかけっこ

俺の名前はスレイ。
とある騎士団の隊長で、今は隣国と平原で演習中だ。
演習と言っても内容自体は、
かくれんぼや鬼ごっこ等ほとんど子供の遊びである。
だがそれはあくまで通常のルールのみを見た話。
この演習では特殊ルールが設けられている。
そのルールとは、捕まえた方は自由にして良いというものだ。
これは魔物娘達の要求が強かったが為に生まれたルール。
捕まったら何をされるか分からないという緊迫感を味わう事が出来る、
という事で不満も少なかったのだが……
「ちっ……」
その決定は、俺にとって結構なハンデとなった。
そもそも俺の部隊は女が少なく、
居たとしても既婚だったりして独身の男がかなり多い。
そういうわけで先の提案はうちの隊員にとって魅力的過ぎたため
「残りは、俺一人か……」
クソ真面目に演習という名のお見合いを潜り抜け、
最後の演習にたどり着いた今、人間は俺一人しか残っていない。
他の奴らは経緯はどうあれ皆魔物娘達と一緒になり。
そして、魔物娘側も残るは一人。
その一人からあるラインまで逃げ切るか、
攻撃して撤退させれば俺の勝ちなのだがその一人が最大の難敵だった。

「や〜っと見つけたよ!」
元気な声とともに目の前の地面からその難敵が這い出てくる。
鱗に覆われたそいつは、
俺が何か言う前に黒髪を揺らしつつ突っ込んできた。
その突進は猛烈な勢いではあったが、
ほぼ一直線に突っ込んでくる為避けるのは容易い。
斜め前に跳んで振り返ると、地面が抉れていた。
その痕の先ではむくりと巨体……ワームが起き上がりこちらを向く。
「むうー、どうして逃げるの?」
今度は突進してこない。
こちらの次の一手を見定めているのだろうか。
試しに足を不自然でない範囲でずらしてみる。
すると、恐ろしいぐらいの正確さで奴は足を目で追ってきた。
体まで傾いているのは流石にどうかと思ったが、
そこまで集中されていては、
どれほど技巧を凝らそうと追いつかれるだろう。
「逃げろと言われているんだ、それでは理由にならんか?」
だから、素直に答えることにした。
ぶっきらぼうすぎるかとも思ったが、
「あ〜……なるほど、だから逃げてるんだね!」
問題はなかったらしい。
ワームは大発見をしたかのように頷き、
直後ハッとしたような顔で頭をブンブンと振った。
「って、違うよ!私はあなたを捕まえないといけないの!
お願い、捕まって!そして、交尾しよ!」
そして、再び力を溜めるワーム。
もちろん、こちらも隊長として捕まるわけにはいかない訳で……
「断る!第一、名前も知らない奴と出来るか!」
ワームが飛びかかってくると同時に俺はそう叫んで跳び、
向かってくるこいつの背中に手をつきそのまま跳んだ。
「名前?ああ、私はルーブっていう名前だよ!」
体ごと振り向きつつこいつ……ルーブはそう返してくる。
「そういう問題じゃない!」
元々ワームという種族は頭があまりよくないとは聞いていたが……
「む〜……じゃあ、どういう問題なのさ!」
そう言いつつ高速で追ってくるところを見ると、
どうやらその認識で間違っていないようだ。

少し走ると、大きな岩が行く手を塞いでいた。
ルーブは相変わらず追ってくる。
その速度は落ちるどころか、むしろ上がってすらいるようだ。
「まーてぇー!!」
……これは、どうにかしなければまずい。
走りつつ考える。
このまま走ったところで、俺はこれ以上スピードは上げられれない。
そんなことをすれば、一分もつかどうかだ。
だからといって、殺陣を演じるわけにもいかない。
ちょっとくらいなら凌げるだろうが、
先程の集中力を少しでも発揮されれば危うくなる。
万策尽きたか、そう思ったが……
「もう少し、いくぞぉーー!!」
後ろを振り向きルーブの勢いを見、そして再度岩を見て俺は閃いた。
「いいだろうよ!さあ、全力でかかってこい!」
彼女に振り向き、そう言って構える。
もちろんその構えは受けるためではなく、避けるためだ。
「ふぬーっ!!」
奇妙な掛け声と共にさらに勢いを増すルーブ。
……あんな勢いでぶつかろうとは、俺のことを考えてるんだろうか?
ともかく、俺は岩を背にして待ち構える。
かつて文献で読んだ、轟竜だかを退治する物語の方法を試すべく。
「とーっつげきー!!」
ついにその瞬間が来た。
前にするのが恐ろしいほどの速度のルーブに、俺は真横に体を投げ出す。
脇腹のあたりを角が掠めたような気がした。
だが直撃はしなかったらしく、
狙い通りに俺は両腕で顔を覆うようにして全身で着地する。
後ろの方から、バォゴギャァン!!と凄い音がした。
目論見通りに事が進んだことに安堵して振り返り……
「……………………」
飛び込んできた風景に、俺は絶句した。
いや、むしろ失神しなかっただけマシと言うべきかもしれない。
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