俺はキスク・シデン、この反魔物領の兵団の小隊長だ。
兵団に入ったばかりの頃はきつかったが、今は戦いに行けるくらいにはなった。
先日も近くでの戦いでなんとか戦果を挙げていた。
その時は自分が魔物撃退に役立ったのだと、嬉しかった。
幼なじみにして戦友、武道家のハルス・セルカークも喜んでくれていた。
俺達が戦った地点は思っていた以上に重要だったらしく、
上の方々は俺やあいつに近々昇進の知らせが届くだろう、と言っていた。
俺はあいつと抱き合ってまで喜んだ。
だけど。
俺は気付けなかった。
いやもしかしたら気付いていたけれど、そんな筈はと目を逸らしたのかもしれない。
あいつの、ハルスの腕の奥の方。
武道着の腕の付け根の辺りに、ふさふさした何かが生えているのを。
そして今、俺は現実を叩きつけられていた。
部屋に忘れ物をしたからと有りがちな理由をつけて深夜にも関わらず、あいつは訪ねてきた。
それ自体はいつものことなので、どうせ本当は寂しかったからとかだ、と思っていた。
部屋に入りあいつは入念に誰も居ない事を確認して、いきなり俺にその腕を見せ。
そして驚いた俺が何かを言う前に、こう言った。
「キスク・・!私を、殺してくれ・・っ!」
頭の中が真っ白になったかと思った。
いや、真っ白になって何も考えられなくなってしまっていた方が良かった。
俺の目の前にいるこの元気が取り柄の幼馴染みを、俺の手で殺す。
それをしたならば自分はどうなってしまうのだろうか。
きっと上の奴らは、惑わされる事無く自分の信念を貫いた者、と褒めるだろう。
だが、幼馴染みの命と教団としての信念は果たして秤にかけて良いものなのか。
そうして迷っている間にも、ハルスはもう一歩近づき重ねて言った。
「私はっ、お前の父さんを連れ去った、あの魔物だ・・
あの魔物と同じになるくらいなら、お前が殺してくれ・・っ!」
俺の父さんは、魔物に連れ去られてどこかへ行ってしまったらしい。
らしい、というのは俺がその話を俺の故郷に行った上の方から聞いたからだ。
優しい父さん・・俺に剣術を叩きこんでくれた強い父さん。
皮肉な事に父さんを連れ去った魔物とは狼の魔物、
ふさふさの毛を持ち、鋭い爪、牙で容赦なく獲物を狩るワーウルフだった。
そして、今俺の目の前。
目に溜め切れない涙をぽろぽろと床に落としている、
幼なじみの腕は紛れもなくワーウルフのそれだ。
その事実が、剣の柄を俺に握らせている。
たとえ幼なじみであろうとも故郷を、
肉親を奪った魔物は、魔物となったものは生かしておけない。
その筈だ、その筈だった。
目の前にいるのが俺と関係ない魔物化しかけている女だったなら、俺は迷いなく斬っただろう。
でも、違う。
俺が斬ろうとしているのは、幼なじみだ。
切磋琢磨し、立場が上の者から辱めを受けようとも支え合って、
今やっとこうして波に乗れたというのに。
俺は、こいつを殺さなければならない。
その事実が、握った剣の柄を震えさせていた。
斬りたくない、斬らねばならない。
彼女がそれを望んでいる・・だが俺は望んでなど。
しかし斬らなければどうなる?
逃げたところで、俺は彼女をいつまでも斬らずにおけるか?
・・ああそうか、いっそ共に死んでしまえばいい。
一方が死に一方が苦しみ続けるくらいならば、その方が・・。
そんな、本当は望んでいない結論に達しようとしたその時、廊下の方から怒号が響いた。
「ハルス・セルカークを見つけ次第殺せ!
奴は魔物と化して、我らを狙っているぞ!」
その声が救いだったのか、更なる苦しみへの道標だったのか、俺にはわからない。
だけど。
「っ・・!ハルスっ!!」
その声が聞こえたとき、俺は彼女の手を引き、窓から飛び出していた。
幸い、俺の部屋は一階だったから大して痛みはなかった。
しかしあんまりに勢いよく飛び出してしまったため、
俺達はかなり目立ってしまうことになる。
「居ました、ハルスです!
んん・・?あっ・・!キスク小隊長殿も一緒です!」
そんなことを教団兵士の誰かが叫んだのが聞こえた。
かなり、近い。
このまま全速力で走っていて、追いつかれるかどうかか。
「キスクっ!なにやってるんだ!私を、何で生かそうとする!
私に生き恥を晒せとでも言うのか?!」
俺はそれを無視して、質問で返す。
「おいハルス!
お前、ワーウルフの能力や何やらで、
この辺りの抜け道とか今の状況とか分からないか!?」
「はあっ・・!?」
戸惑いの表情を浮かべ、それでも走り続ける彼女。
「分からないことは、無いが・・」
「だったらそれを使ってでも何としても生き延びるぞ!
お前を殺すにしろ、殺さないにしろ、まずはそれからだ!」
そうだ、今ここでハルスを殺させるわけにはいかない。
もしそうなったなら、俺は絶対に後悔する。
魔物を
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