噂は厄介事を連れて

ファルフ・ヴーニルの朝は「重い」。
それは気分が重いとかそういう意味ではない。
そういう気分の時がないと言うわけではないが、
ともかくこの場合の重いとは違う。
物理的に、重いのだ。
荷物を持っているとか何かに乗られているとかの「重さ」。
「・・ぐ・・」
目覚めて早々に情けないうめき声を出しながら、
それを何とかどかそうとしてみる。
が、ズッシリとした重さのそれは少しも動かせそうにない。
体を動かそうとしても、ぐるぐる巻きになっている為に
やはり動かせなかった。
だから最後の手段に訴えるしかなくなる。
「・・ムウ、起きてるんだろ?退いてくれ。」
すなわちそれ・・ムウに自主的に退いてもらうという手段に。
少々ムスッとして言う彼に、ムウは可愛らしく欠伸をする。
「ふあ・・おはよ、ファルフ。」
問いに対して答えとは言えないものだったが、
起きないときは何をやっても起きない事を知っている彼には、
ムウが起きているというだけでも運がいいと思えた。
そんな幸運に感謝しながら、ファルフは再び彼女に頼む。
「ああ、おはよう。
ちょっと俺の上から退いてくんないか?
このままだと、コトレークに行くどころか部屋からも出られねえ。」
軽く言っているものの、それはファルフの生計に結構響く事だ。
そういう事はムウだけでなく他の者にも伝えてあり、
ワームの中でも珍しく少々理性的なムウには、
殊更効果があることをファルフは経験上知っている。
しかし次の瞬間ムウは
そんな彼の予想など知ったことかと言わんばかりに、
ギュウッとファルフを抱きしめた。
「ん〜・・あとちょっと・・」
だがファルフは動じず、抱きしめてくるムウを抱きしめ返す。
ムウは満足げに顔をにやけさせた後、やっとファルフの上から退いた。
ファルフもベッドから立ち上がり、伸びをする。
伸ばされた腕からポキポキと鳴る音を心地よく思いながら、
彼は未だゆるんだ顔を浮かべるムウに短く訊く。
「満足したか?」
すると彼女はその顔のまま答えた。
「うん!」

恋人同士のそれのように思えるこのやりとりは、
実はファルフの中では習慣化している事である。
最初の内は抱きついてくるムウを鬱陶しくも思い、
力ずくで退けようとしていたのだが怒らせて、
一日中布団の中で抱きつかれっぱなしになり、
その日のギルドの仕事全てを、
休まなければならなくなってしまったことがあったのだ。
(ちなみにガリア達には後日大声で笑われた)
何とかこれに対処できないかと考えていたときに、
偶然仕事で関わったサバトの魔女にアドバイスを受けた。
曰く、
「ワームですよね・・。
子供っぽい所がある種族ですから、抱きついてくるなら
満足するまでさせてあげれば良いと思いますよ。
そりゃあ時間はかかりますけど、一日潰すよりは良いかなと。
そういう相手がいるってだけで羨ましいですけどね。」
それからは、時間がかかろうとも要求に付き合う事にしている。
単純に損得勘定をしたというのもあるが
何だかんだでムウに抱きつかれることは、
別に枯れているわけでもないファルフにとって嬉しかったからだ。

ともあれファルフは今日も無事に起きられた。
心の中であの魔女に感謝しつつ、ムウに訊く。
「お前が来てるって事は・・他の奴も来てんのか?」
「うん!エルダさんもリーヴェも来てるよ。」
それに元気よく即答するムウ。
やっぱりかと諦めのため息を吐きドアに手をかけた瞬間、
昨日エルダとリーヴェの仲が悪かったことをファルフは思い出した。
しかしそれにしては静かだな、とも思いつつドアを開けると
そこには予想外の光景が広がっていた。
「ほほう・・そうくるか・・。
リーヴェ貴様、なかなかに頭が回るな?」
腕を組みながらニヤケ顔で言うエルダ。
「これでないと皆遊んでくれなかったから、それだけさ。
・・そちらこそ妙に慣れてるように見えるぞ。」
対してリーヴェは翼を畳んだ片方の腕を顎に当てながら、
エルダを見ながら軽く笑っている。
その光景にファルフが絶句してしまっていると、
エルダが彼に気付き「邪魔しているぞ」と言う。
言葉の割に罪悪感を全く感じていないように見えるが、
いつもならその言動に「邪魔してる、じゃねえよ全く・・」
などといった言葉で返すだろうファルフも
相当に険悪な雰囲気を予想していただけに
「あ、ああ・・」と抜けた返事しかできなかった。
呆気にとられつつ、
二人が向かい合って座っているテーブルの上を見ると
しましまの正方形のマス目の全てに黒と白の丸石が置かれている。
それを見てファルフは二人が何をしているのかに気がついた。

「・・オセロか?それ。」
「ああ、幸運なことにリーヴェが持っていたのでな。
ちなみに昨日から今で二勝三敗だ。
・・悔しいが、なかなかにやるよこやつは。」
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