世話になりっぱなしは、アレですから。

…ん…んん…


…朝……?


窓から穏やかに差し込んでくる光に、まどろむ頭がぼんやりとそんな事を思う。


「ん…」

その次に感じた、眩しさに殆ど閉じたままになっている視界から、
俺は自分が仰向けに寝ていることに気づいた。
肌から伝わるふわっとした質感から察するに、ベッドに寝ているようだ。

「…」

そう考えながら瞬きを何回かして、意識をはっきりさせようとする。

「……!」

が、その際に何となく吸い込んだ香りが俺の目を見開かせた。
嗅ぎ間違いかとも思ったが、やはりそれは知っているものだった。

「…これ…」

微かな気づかないくらいの…本当に極僅かな鼻をさす感じと、
それと同じくらい密やかでいて、爽やかに甘い。
意識していなければ感じられないのに、
何となく隣に立っているだけでいつの間にか覚えてしまっていたそれ。

「…なんで、シェールさんの…?」

持ち主が分かったところで疑問を口に出してみる。
答え自体は簡単だ、俺が寝ていたのがシェールさんのベッドだから。
でも今知りたいのはそこじゃなかった。
なんで、シェールさんのベッドで寝ているんだろう?…これだ。
…しかしながら…

「…っ、と…」

他人のベッドにいつまでも寝ているというのもそれはそれで失礼だよな。
そう思った俺は考えをさておいて、とりあえず体を起こすことにした。
やや気怠いが、まぁこれは寝起きだからだろう。

「……?」

と、そんな事を思っていた俺は、目を丸くしてしまった。

「ン…すぅ…ん、ぐ、ぁ…んむ、ぐグ…」

美しさと強さを両立させた鱗だらけの脚を床で折り曲げ、
鋭い見た目の両翼をベッドに押しつけている、ベッドと同じ匂いを持つワイバーン…
シェール・ガランその人が、俺の膝の横辺りを枕にして寝ていたからだ。

「…シェール、さん…」

その寝息が妙な荒さを纏っているのは気にしないとしても、
シェールさんがそんな寝方をしているのは不思議だった。
普通なら、最低でも、逆のはずだ。
もしや昨日俺が何か…と考えを巡らせる。

「…ん?」

そこで俺は思い出した。
昨日の…確か、タマミツ亭、という店で俺はシェールさんに飲まされ、
そして酔いつぶれてそのまま寝てしまったのでは無かったか。

「…」

そう考えると、やや強引ではあるもののこの状況にも納得はできる。
俺の部屋があると言っていたが、何らかの理由で使えなかった。
それで仕方なく自分の部屋に寝かせた、というところではないだろうか。
何らかの理由、というのが本当に強引な部分だが。
いや、そういえば。
…物置は荷物を置かせてもらったときに見たけど、相当酷かったような。
まぁそれはそれとして。

「っ…と…」

とりあえず、何か作るかな。
シェールさんを起こさないように足を抜き去ってそっと立ちつつ、
俺はそんな事を考える。
こうなる理由を作ったのが彼女だとはいえ、
彼女がいなければそうなる事すら有り得なかったのもまた事実で、
それに…考えてみれば住まいに食事にと、
酔い潰されたことを鑑みても、実に世話になりっぱなしだからだ。

「ん、んんっ…ッ…」

だから何か作る。
食事でも何でも良い、何か。
たったそれだけで恩返しなどとは思わないが、それでも何もしないよりいいだろう。
それにシェールさんはそういうのがあまり得意では無さそうだし。
伸びをしつつそんな風に、
ちょっと失礼な事を考えながら俺はドアまで歩いていきノブに手をかけ。

「んぁ…ん、んぐぐ…んむぅ…にゅぅ…」

そして開けたのだが、
後ろから聞こえてくる寝息につい笑いそうになったのは、秘密だ。
誰に秘密にするというかというのは、この際考えないことにする。
だって…

…あのかっこいいシェールさんが、にゅぅ…なんて、
そんなの頬が緩まずに居られる訳ないじゃないか。


「さて、と。」

ともあれ。
シェールさんを起こさないようドアを閉めた俺は、台所に立っていた。
目的はさっき考えた通りだ。
早速、何か使える物は無いか見回してみる。
明らかに貴重品だったり大切に取ってあるようなものは使えないとはいえ、
食材の一つや二つはあるはず。
まぁあったところで、実際に使っていいかは結局分かりはしないんだけど…
そこはそれ、シェールさんを起こすとか、その時に考えよう。
そう思っての行動だ。

行動だった。

行動のはずだった。




だったのだが。

「…えぇー…?」

おかしい。
絶対に、おかしい。
そう思わざるを得なかった。
何故なら…

「なんで、何もないんだ…」

そう、見当たらないのである。
何が?…言うまでもない、食材だ。

「いや絶対おかしい、無いわけない…」

つい呟いてしまう…それくらいにこの状況はおかしかった。
まだ、何にもない、全てが無いな
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