暗に、殺す

「うむ、今宵も立派なお月様であること。」

人里離れた草原。
そこに、壮年の男性が一人。
皺の入った顔を穏やかに歪ませ、生えた髭を可愛がるように撫でつけるその貫禄から、ただ者でないことが分かる。
天野慶久(あまの よしひさ)この領地の領主だ。

「小うるさいお節介焼きを出し抜いて一人で見るとなると、これまた格別だぁな、くぁっかっ。」

その言葉、そしてその余裕から分かるとおり、彼は領主でありながら、夜城を抜けて勝手にこういう静かな場所に来る。
無論家臣はやめろと言うのだが、

「いーんだよ、俺がこうできるくらい、退屈なくらい平和なんだから」

と言って聞く耳を持たなかった。


「また、お一人で来られたのですか…本当に、自由な御方ですね。」


それを、いつの間にやら彼の傍に立っていたこの美しいクノイチ、ナツメに、
「貴方を、暗殺するご挨拶に参りました。」
といきなり告げられても尚続けているのだから、彼女の言うとおり本当に自由である。

「おう、来たぞ。」
「…ええ、そのようで。」

ナツメは閉口する事もなくそう返す。
最初の方こそ驚いていたが、今ではこうして語り合う仲にさえなっていた。
…さっさと暗殺してしまえばいい、そうも思うのだが…

「はは、まぁ、お前といるとあのお節介焼き共といるより気が楽で楽しいってな。」
「…左様ですか。」

こうもハキハキと返す彼に触れていると内心楽しくて…

「で?いつ暗殺すんだよ、これで何度目だ?」
「…今はまだ、その時では御座いませんもので。」

そう言って、誤魔化してしまっているのだった。
…狙った男を落とす際のクノイチとしては失格だ…そう思わぬこともなかった、が…

「はは、そうかよ、ま、延命できてるんなら結構なことさ。」
「…気楽な御方。」

…この笑顔に柄になく胸をときめかせているのは、女としては合格なのではないか、と、関係ないと分かりつつもそう思ったりするのだった。

「っと、こっち来て座れよ、立ってんの疲れるだろ?」

と、慶久はいつの間にか草の上に座り込み、いや、寝っ転がってそんなことを言う。
それを持てナツメは、今こそ好機でないかと一瞬そう思った、のだが。

「っあぁ…気持ちいねぇ…静かに月光の下、緑の布団に寝転がりィ…」

彼のあまりにも無防備が過ぎる態度と、それ故の可愛らしさとも言える子供っぽさに感化されてしまい…

「…では、失礼して。」

結局、いつも通りにその隣の席を頂くことにしてしまったのだった。
これでは何をしにきたのかわかったものではないな…と、密かにそう彼女が思っていると。

「ん、しょっと…」

彼は、起き上がった。
そして、ナツメの方を見て。

「しっかし、間近で見るとやっぱり美人だよなァ」

そんなことを、言ったのだった。

「お戯れがお好きなようで。」

即座にそう答える。
実のところその即座に答えるという行為は、彼女なりの照れ隠しであった。

「いんやぁ、性格ならともかく、二人っきりに冗談で人の顔を褒めるかよ。
正真正銘本心だってぇの。」

しかし、彼はそう言った。
無邪気に笑いながら。

「ふぅ…そのようで。」

そうされては嘘だなどと言うわけにも思うわけにもいかず、ナツメはそう言って返す。

「ふむ…そうだなァ…」

と、彼は何かを考えるように顎を撫でた。
何を?と思って彼女がそちらを見ると。

「あー、そのよ…ちぃっと前から考えてたんだが…」

「何用で?」

彼は、笑顔で言った。

「…俺の、よ…番になって、くんねえかな。
…なんてえか…惚れてたわ。」




「…で?どうなったのです、慶久様。」

一人、慶久に家臣が問う。
それに慶久は、カカっと笑って答えた。

「俺がこうしてここにいる、それで答えになんねえか?」
「は、はぁ…確かに。」

困惑気味に答える家臣、たぶんこれは色々疑問に思ってんな…と慶久は思っていた。

「ま、そういうこった、さっさと寝な。」

がしかし、彼はそう言って強引に話を切り上げる。
何がそういうことなのか、全く分かったものではない。

「あ…はい…では、これで。」
「おうおう、おやすみな。」

がしかし、如何にいい加減な領主といえど領主は領主、家臣は食い下がろうなどとは思えず、そこを後にした。

一拍置き、スン…とふすまが締まる。

「…お?」

その閉じたふすまの間に、一枚の紙が挟まっているのを見て、慶久はそんな声を上げる。
そしてそれを取って目を通すと…ニヤリ、と笑い。

「…お前も好きねぇ?」

そう言って、その紙を夜空の元にすっ、と投げ送った。

紙はというと、突如としてボッ、と燃えると煙になってどこかへ消えていく。

煙になる直前、その紙には…
                
           
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