心は変わるか

屍が転がる平野を何処までも歩いて行く。
方角すら分からぬこの状況で地平を見てもそこにあるのは赤い空だけ。
一歩踏み出す度に、足元の武器やらがガチャリとなる。
再び地平を見れば、そこには墨のような黒い何かがこちらを笑う。
それを静かに見据え・・

「帰ってきたよ!」「今回も大勝利さ!」「皆、宴の準備じゃあ!!」
と、まどろんでいた意識は大声に叩き起こされる。
攻め込んできた教団との戦いに勝利した城下町の戦士達が
捕虜になった男達を各々の方法で連れて行く声だ。
俺も連れて行かれるその中の一人。
フリーの傭兵として各地を放浪し、任をこなす。
その中で先の戦いに身を投じて、周囲に裏切られこのザマだ。
とはいえ、別段憎いとは思わなかった。
傭兵とは常にそうされる危険が付きまとう仕事だというのは
この稼業を長年続けてきて自分が良く分かっている事だった。

それにしても・・
「またあの夢か、見慣れたものだ・・」
格子のはめられた箱の中で一人呟く。
あの類の夢は本当に良く見る。
依頼とあればどんな汚れ仕事も受けてきたのだから当然と言えば当然だ。
人も魔物も物も、俺からすれば依頼目標に変わりは無い。
無論、後ろから指どころか槍をさされても仕方ない仕事なのは分かっている。
だが、旧魔王時代から続けてきたこの仕事から離れられよう訳も無かった。
俺が丁度二十歳の時、今の魔王へと変わり、
一時はこの仕事を止め真っ当な職に就こうとも考えた。
だが・・

「お前・・仕事を受けてみる気は無いか・・?」
この言葉からは逃げられないと気付いてしまった。
しかも、その度に一緒に居たものに迷惑をかけ、人質をとられたことすらあった。
周囲の者は構わないと言ってくれたが、俺は耐えることが出来なかったのだ。
結果、五年間またこの仕事を続けた。
心がどれ程泣き叫ぼうが、体は確実に、正確に仕事をやってのけてしまう。
そのうちそれが自分の居場所を作れる唯一の手段となってしまった事も
心を封じ込める要因となった。
「さて・・ここに俺の居場所はあるやら・・」

また呟き、外を見てみる。
魔物や人が溢れ返り、皆笑顔だった。
笑顔を見るのはどうも苦手だ。
恐らく俺自身が数々のああいう笑顔を奪っているからだろう。
と、ふと一人の魔物と視線がぶつかった。
ふわふわとした雰囲気の胸の大きいホルスタウロスだ。
ほかの魔物達は気にも留めなかったというのに、この魔物だけはやけに気にかかった。
何故なのだろうと考えている間にも俺の入った箱は運ばれていく。
その魔物が見えなくなっても理由を考え続けるが、まったく思いつかない。
これ以上考えても無駄だと思い、横になっていると
いつか誰かから聞いた言葉を思い出す。
(つらい時は、嬉しかった時の事を思い出してみな?ちったあ楽になるよ)
「嬉しかったことか・・無いわけでは無いな・・」
傭兵をやっていても、嬉しい事はある。
例えば依頼主が喜んでくれた時や
荷物の運搬など依頼が軽めのものだった時だ。
あれはいい、気持ちが楽でたまらない。


「ではしばらくの間ここで大人しくしていてもらおう。」
連れて来られた牢屋に座らされる。
だが、手錠も無ければ鉄格子もボロボロ。
こんなので牢屋としての体をなすのかと聞いてみたところ、こう言われた。
「ああ良いのさ、上の方にはしっかり警備網が敷かれてるから。
事実脱走者はゼロだよ。」
こんな警備で脱走者ゼロ?甚だ不思議である。
牢屋の中でじっとしていると荒々しいサラマンダーが寄ってくる。
「えっと・・あんたはグロゥだったね。
明日になって監視付きでここさえ出りゃ経歴は関係無いから頑張んな。」
「・・どうあろうと結局は傭兵、便利屋に逆戻りだ。」
その言い方が少し気にかかり咬み付いてしまった。
幸い気にしないでくれたようだがそのまま外へ行ってしまう。

またしばらく経ち、座ったまま思案する。
「さて・・どうするかな。」
夜になれば抜け出せぬわけでもなさそうだが、やめておく。
外に出たところで何処に行こうとめどが立っているわけではない。
他の魔物を殺す・・出来ぬわけではないが、そんな依頼を今は受けていない。
自害する・・そんな命令をされているわけでもない。
考えているうちにある結論に辿り着く。

「・・嘘、俺の自主性、低すぎ・・?」
することと言えばこの五年間、依頼を受けては達成して。
その繰り返しの中、自分から何かをしてみた事は・・無い。
「うわ・・いやしかし、俺とて仕事は選んで・・無い!
いやいや、依頼相手は・・選んでたら始まらない!
考えりゃ考えるほど、自主性低すぎだろ・・俺・・」
ないない尽くしとはこのことだ。
「傭兵っつったって、もはや花運びから人殺しまで裾野が広すぎる。
・・こんなんじゃ俺、牢屋を抜けたくなくなっちまうよ・
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