対の翼にはさまれて

「まー、やっぱり押しの強さは要ると思うわけよ」
「俺に騎竜がいないのと関係あるかそれ」
「いやあるよ絶対!俺なんかなあ」
「こないだ失敗したナンパだろ?それさっき聞いた」


 はいはい、と俺は笑って調子づく悪友、フレッドをよそに愛用の双眼鏡と共に空を見やる。
 放っておけばどこまでも図に乗る男だ、構うのも程々に目を離す。

 ……夕暮れである。
 あれはワイバーン、それも二人か。
 気持ちいいんだろう、あんなふうに空が飛べれば。
 にしても銀色と、黒か……子供じみた感想だが、やっぱりかっこいい色だ……


「……お。おい!こっち来てみ!」
「?……いや、お前」


 と、考えていたところ急に俺は扉の中に引きずり込まれていた。
 フレッドは引くくらいにノリノリだったが……

「……」


 溜息を吐く。
 いや期待するのは分かるがそれでも、『慰労館』なんて名前の宿に入る奴があるか。
 しかも屋根と看板滅茶苦茶桃色で、なんというかこれは……
 



 

 とは顔を渋くして見せたものの。



 「……で、結局これかあ」

 
 なんだかんだでずるずると押し負けて、今俺は露天風呂から空を見上げていた。
 正直途方に暮れている。

 「いや悪くはないんだがなあ」 

 とはいえ質も悪くないし料金にしたって高くない。
 風呂も大きめ、だというのにどういうわけだか自分以外は誰もいない。
 まあ実のところ不気味、がとても気分がいいのも確かだ。
 しかも3階建てで景観もよろしい、空が見えるのが特に……

 「……何階建てだこの宿」

 つい後ろの方を見る。
 多く風呂があるのだろうが、外からはそんなに大きかったか?
 落ち着く感じと奇妙さの共存という意味では捕虜になった教団領の人ってこんな気分なのかもしれない。
 
 「それにしてもコース……」

 まあいいか、と息を吐き、カウンターで見た文字列を思い出す。
 最初に選べと言われたものだ。
 淫魔とか有翼とか、他にも竜コースなんてのもあったか。
 

 「……ふっへへ」

 とはいえ、気持ち悪い笑みが漏れる。
 コース。
 と、言われれば勿論ワイバーンだ。
 その後のオプションだとかシチュエーションだとかはよく分からないから受付のエキドナさんにお任せしたが、ここだけは外せない。
 ちなみにあのアホは曰く「シンプルイズベストだ、親友!」との伝言。
 あの豪気な性分があってこそ女性を射止められるのかもしれない。
 そう考えるとこういう場所でワイバーンを目当てにしているのは情けなく感じなくはない。

 「っかー」

 にしても温かい湯、色々と考える気疲れもじんわり癒される。
 それに見上げればいよいよ空には月がのんびりと浮かぶ中、綺麗な星まで光っていた。

 「んんー……」
 
 白い湯気がよく映えて、なかなか好みの空模様だ。
 のんびり、頬杖をつく。
 どんな表情でも空が好きな辺り、俺も竜騎士の端くれかね。

 「持ってくればよかったなあ、双眼鏡」

 となればどうにも悔やまれた。
 曇るだろうしと持ってこなかったが……

 「……」

 そう考えかけたあたりでひじをもとの姿勢に戻す。
 肘の辺り岩がゴツゴツして、少し痛かった。
 幸い見渡せば木でできた所があっちにある。
 動くか、そう遠くはない。

 「おや、双眼鏡?どうぞ」
 「ん、え。ああどう、も……?」
 
 と、立ち上がった瞬間目の前に腕が差し出された。
 視線を上げれば。

 「えと、貴女は」
 「ん?ああ。ふふ、どうも。ご指名に預かった……」

 そこにはワイバーンがいた。
 仄かに月光で煌めく白銀の鱗に肩までかかる長いさらさらした紫色の髪。
 くりっとした目、それでいてまっすぐな視線は、相まって剣のような鋭さだ。
 身長も高い。
 今はしゃがんでいるが、立てば俺よりも少しばかり高いのではないだろうか。
 体つきはすらっとしていた。
 が、胸は決して控えめではない、むしろ覆う鱗皮を張り出して余りある柔らかな胸元にも目が行ってしまう。
 
 「リルウェリア。御覧の通り、ワイバーン」

 そう観察する俺を、彼女は微笑み見つめていた。
 うやうやしく、片手を前にして膝を折る彼女はまるで忠誠を誓う騎士だ。
 美しくしなやかな所作は、ブレが無い。
 それでいて力強い瞳には仄かに野性味がある。
 完璧。
 その二文字が頭をよぎる。
 ワイバーンとしてこれほど理想的な印象を受けたのは初めてだった。

 「あ、はい……」

 圧に押される。
 だが一方で俺はまたも、丸みのある肩や豊満な胸元に目を引かれてしまっていた。
 見下ろす形になっているのもあり、張りの良い双丘が形作る深い谷間にどうしても視線が行く。
 
 「なんてね。まあその、折角の湯
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