夜の闇。
寝るにはいい、静寂の中。
「……冗談だろう?」
「にへへ。やっぱ、そう思うよね」
その中で俺は、背後の緑の鱗に。
さらさらと長い銀髪を垂らす、少々ハスキーな声、背が高いワイバーンに。
今日が初対面なのに寝室にいるそいつに対して、きつく腕を組むとためいきを吐いた。
流石に自覚しているか困ったようにはにかんでこそいるが、とんでもない。
「でもその、ふざけてるわけじゃなくて。……ワイバーン、要る?」
何せ引き下がるつもりなど毛頭ないのだ。
なんとも面倒な話だった。
――――――――ふう。
椅子に座ったまま窓から外を見上げる。
果たして身売りとは、商品自ら押しつけてきてもそうなのか。
「く、うーン……」
等と悩むこちらをよそに本人は後ろでなにかやっていた。
随分と上機嫌で、自分が悩みの種とは夢にも思ってないらしい。
……こいつは。
名前をウィリエ・リーリス。
まあ、色情魔だった。
昼間にいきなりやってきて、飯を食えばわざわざ隣に座り、しなくてもいいスキンシップ。
寝る時間にも当然のように寝室に入り込み、布団の上であの様子だ。
しかしながらその昼飯自体は手土産代わりと持ってきた大きな魔界猪、それも絶妙な焼き加減で中々美味しく文句は言えないのも確かではあった。
だから正直なんともこう、惜しいというか。
「……はあ」
溜息が出る。
これなのだ。
押しかけとはいえ好意を抱かれて嬉しくないわけではないし、なんだかんだ悪い気がそんなにしていないから困っている。
違う出会い方なら惚れるとまではいかずとも惹かれてはいただろうに、これでは素直に喜べない。
「んっ
#9829;あったかぁい」
などと頭を抱えているとゴソゴソという物音が聞こえてくる。
気になって体を捻れば、ウィリエが布団の中に潜り込み、心地よさそうな声と共に布団を盛り上げていた。
なんと、まあ。
「はぅ、ん、う、くぅ、ン……
#9829;」
予想はしていたが実際こうなるとかなり気分に重苦しく、クるな。
というそれは、シーツとか枕とかが破れないだろうなという心配でもあったのだが。
いつの間にか艶を帯び始めた声に俺は、別のものを感じてもいた。
「ん、んぅ、はぁっ、あっあっ、あ……っ
#9829;」
いやまさか、人の物だぞ?流石にあり得ない。
とは思うもののもしや、そう考えればこそ俺は思わず席から立ち上がる。
ガタ、とは静寂を切り裂いて部屋に響く椅子の音だ。
だが彼女の喘ぎはそれでも、徐々に大きくなっていく。
余程夢中になっているのかとは、聞くまでもない。
熱に浮かされたような声は、よじった身から吐息を漏らす様を脳裏に浮かび上がらせ――――
「っ」
かけられて、飲み込んだ生唾に俺は頭を振った。
違うだろう。
断じて、違う。
何故だか忍び足などしていたがとにかく自分は、ただ妙なことをする馬鹿をどうにかしたいだけだ。
「っ、はう……ん、ぅっ。……あっ、あんっ……!」
だから喉が鳴っても股間が張り始めても所謂、単なる本能に過ぎない。
確かに、好奇心というには少し邪な感情が湧き上がってくるのも否定はできないが。
「あっあ、ん、あん、っ、ああ、あっ……!」
という葛藤の最中、目の前で一際その声が張り詰め始めた。
注目と予感を誘うそれは、あえて高尚にいうなら達人が矢を放つ寸前の静寂か。
無論、そのように綺麗には思えないが、ともあれ。
「ひっ!……っ……ぃ、あ……
#9829;」
弱々しくなった声に、どこか落ち着いて俺は目を伏せる。
放たれた、らしい。
初対面の相手の寝床に入り込むだけに飽き足らず、これとは。
くたり、と体をだらけた満足げな顔がありありと浮かぶのがこれまたどうにも憎らしい。
だがひとまず終わりは終わり。
「はーぁ
#9829;」
さてこいつをどうしてやろうか。
そう息を部屋の隅へと吐き捨てた直後だった。
一転、というのが正しいだろうか。
不意に、ベッドの横へ行きかけていた俺の足が止まったのだ。
何をやっているこのクソトカゲ。
そう言ってやるつもりだったし、布団を無理矢理引き剥がして夜の冷気に晒してやるつもりでもあったのに。
「……」
木目、爪先から3本目、その一線を何故か足が越えようとしない、何かに俺は、躊躇わされているのだ。
予感とも直感とも言いようのない何かに阻まれ、何故かその先に進めないのである。
「んう、うぅ」
そんな尻込みが悪かったか。
しばらくして、再びウィリエの声が聞こえ始めてしまう。
次いで、身のよじり
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