「よ、少年。乗ってくかい?」
「空、好きなんだろ?ずいぶん熱心に見てるじゃないか」
「そんなに驚くなよ、取って食おうってんじゃないさ」
子供の頃、いつだかに聞いた言葉を思い出す。
それは確か夜のこと。
どうにも自分を取り巻く『世界』に馴染めなくて村を飛び出し山を登った。
崖を滑り落ちてしまっても大人は助けてくれなくて、けれど川の水は美味しくて、ちゃんと冷たかった。
そして、歩き疲れて、それでも立って見上げた星空も綺麗で輝いていた。
生きていると初めて実感して、そういう時に、横合いから語り掛けられた言葉だった。
綺麗な人だというのを覚えている。
艶のある『語られるべき美しい夜』というものを形にしたかのような、黒い、深い鱗を纏うワイバーンだったのを覚えている。
けれどそれは、俺の思っている事と違う。
確かに琥珀色の瞳も乳白色の爪も、何もかもが美麗といって差し支えない。
だけれど、自分の覚えているその綺麗というのは、そういう価値観とはまるで別のものだった。
表そうとすればあまりにも子供じみている感情は、言うなればかっこいいだろうか。
思うままに生き、思うままに行き、いきいきと今この瞬間全てを感じて走っている。
そんな、見かけじゃないかっこよさ、綺麗さを俺はその翼に感じていた。
「さてと。で、乗ってくかい?地面以外から夜空を眺めるなんて、中々味わえる事じゃないぜ?」
だから――――
「……」
二十歳の今、同じ場所に立ち思い返す。
思うさま、今までもこれからもそうするのだろう彼女にはついていけそうにはない。
到底届くわけがない、と結局、俺は首を横に振ったんだったな。
言うなれば気おくれだ……それくらい、大人になれば分かる。
「……ふ」
だが勿体ないことをしたなとも思ってしまい、今更だと諫めるように息を吐く。
よしんば誘いに乗ったとして、飛び出したくせして朝には帰り、叱られて安心を覚えてしまっていた俺に何が出来た。
お似合いだろうに、と見上げれば、そこには皮肉なことにあの夜と同じ晴れた星空があった。
「……」
だからつい、未練がましく考えてしまう。
もし。
あの誘いに乗っていれば、今もなお感じている『ズレ』が少しでも解れてくれたのか。
憧れるだけでなく、あのワイバーンのようになれただろうか。
思うさまに、誰が何と言おうと自分の道を進んでみせるという気概を持てただろうか。
……かっこよく、なれたんだろうか。
「……意味ない、か」
ぽつりとつぶやく。
だけれども、そんなことを考えても仕方がないこともわかっていた。
今の俺はただ星を眺める一般人でしかないのだから。
……一般。
自分で思っておきながら鈍く心に喰い込んでくる。
自分は所詮星やワイバーンのように特別な存在なんかじゃない、その惨めさに目を背けたくなる。
もしあのワイバーンなら、それでも自分は自分だと言うのだろうけども。
「……馬鹿馬鹿しい」
言い捨てるように空へ吐く。
だが目を逸らすことは出来なかった。
……そして思わずにもいられなかった。
星のように輝く、いや。
あのワイバーンのように、かっこよく命を走る事が出来たなら……
「何をしけた顔してんだ?……青年?」
「えっ……」
突如聞こえたその声に、振り返る。
本当に、星空が願いを叶えてくれたのかと思った。
その姿を見るまでもなく、誰だかわかる。
ここに来たのだって、実のところ彼女に会えるのならと願ってだったのだから。
「っはは、なーにそんなに驚いた顔してんのさ」
変わらない笑顔に、まばたきをする。
しかしやはり、それは決して幻ではなかった。
あの星空の下で手を差し伸べてくれた、黒塗りの夜を駆けるしなやかな翼。
名前は知らないけれど、はっきりと記憶に刻みつけられている、あのワイバーンその人だった。
「……ま、あたしも驚いたけどね」
「え……?」
そんな彼女はこちらの横まで歩くと星を見上げ、唐突に語り始める。
だがいったい何を驚いたというのだろうか。
「あたしさ。思うとおりに行きたいから、だから偶に誰も居ない空を思いっきり駆け抜けてバカになるんだ」
「あ、はあ」
「でも、さ。あの日……アンタを乗せて走れなかった。それだけが最近、何でだか妙にどうしても気になっちゃってね」
と、彼女が振り返った。
頬を爪で掻く顔は照れくさそうで、しかし微笑む顔はやはりかっこよい。
「俺が……ですか?」
だからこそ俺は、思わず訊き返してしまっていた。
どう
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