大学前期、蒸し暑さが湧き始めた梅雨明け少し後の夏。
ガタンガタンと揺れる電車の中は、後ろの方では仲の良い男子と女子がくっちゃべってうるさい。
それが我慢ならぬ切って捨ててやろう、というほどではないが耳障りで俺は外に意識を集中させた。
隣には女子だ、勿論見知らない。
だが背は高い……175辺りのこちらより高い気がする、ややもすれば180近いか?
そんな彼女はそわそわと落ち着かない様子、もしかして喋りたいのだろうか。
いや、仮にも同じ大学の同じ部活員、それは当然と言っていいかもしれない。
といっても結局は俺と話したいというよりは誰かと話したい、というところだろうが。
「……」
ハァ、と零れそうになる溜息をグッと意識して堪える。
ここでそんなものを出せば隣の女子が気に掛けるかもしれない。
要らない気遣いかもしれないがまあ勝手にする分には良いだろう、これ見よがしというでもなしに。
それにしてもしかし、と眠りこけるふりをして頭を抱える。
大学3年生になり、卒業までの単位は問題ないと見て高校までで出来なかった事をしようと部活に入ったわけだが。
「まさか強制参加とはな……」
「へっ、あ、あの何か言いました?」
「…………ん?あ、いや、別に」
危ない危ない。
彼女に向けていた顔を戻しながら思う、どうやら口をつついて出ていたらしい。
というのもそう、強制参加だったのだ、合宿が。
いや別にそれだけなら問題はない。
夏、ちょっとした連休の合宿など、多少自由な時間が削られることを抜けば家に居ない時間が減るというだけだ、そこで楽しむものを見つけられればそれでいい。
だがこの、天空観測部といういかにもな部活動に空が好きだからと入ったはいいものの、どうにも馴染めていないというそこが困りものだった。
過去の経験上自分が居ても居なくてもいいグループで誰かと群れるより、一人でいた方が余程楽だと知っていたのもあるかもしれない。
入ったばかりでサボるのも何だし行ってきなさいよ、とは母の言だがこれは予想以上にきつくなるかもしれないな。
「でさー!滅茶苦茶それが面白くってぇ!」
「えーまじー!?」
「まじまじ、そんでさー主人公がさー」
「まじでー!?」
そう考えているとまだ後ろから声が聞こえる。
席が二人一組のタイプである以上仲良しが座るのは分からんではなく話をするのもまた、か。
そもそも何故か方針として同じ部員同士で座りたいところに座れと言ったのだからそうなるのは必然だろう。
こちらとしてはハイ二人組作ってー並みの行為だったためさっさと窓側の席を取らせてもらったが……しかしまぁなんだその声の大きいくせ中身のない話は。
えーまじー?というばかりで話が一向に進まん。
ええい耳に入るのも鬱陶しい、さっさと外に意識を集中させるか。
幸い昼を少し過ぎた明るい景色、流し見するには悪くない。
「あの、空。好きなんですか?」
と、隣にいる女子が突如話しかけてきた。
電車の揺らぎにかき消されそうな蚊の鳴くような声、ではなく、ちょっとの遠慮こそあれしっかり聞こえる声の通り。
そう言えば何故か、余ったからというでも無しに彼女は俺の横に座ってきたんだったか。
……そう考えると勇ましい、俺なら委縮と遠慮で気まずい空気を過ごしてるところだ。
場合によってはずっと立っているまである。
「まぁ、割と」
「へぇー……」
ともあれその勇気に敬意を払いながらゆっくりと振り返って返したのだが、流石に淡泊に過ぎたかそこでストップしてしまう。
もしやすると間が悪かっただけなのかもしれないがしかし、これでは後ろで騒ぐ奴らと本質的にはそう変わらんな。
むしろ楽しいおしゃべりすら出来ないという点では劣ってすらいるか、俺は。
「えっと、私も……好きなんです。えへへ……」
と、幸運なことに、そこから彼女が気遣うような言葉とともに上半身を緩やかに傾け、そう返してくれた。
とはいえかなり苦しい続け方だったようでごまかすような笑い付きだが、それでも十分ありがたい。
しかしこうなった以上我関せずを貫くのは苦しくなるか、少しばかり恨むぞ。
理不尽で悪いとは思うが。
「まぁ、楽しいですよね」
とりあえず無難に返す……無難すぎただろうか?
いやだが、いきなり気分を跳ね上げると引かれるだろう。
というか敬語になってしまった。
年上の可能性もあるしそれ自体は悪くはないのだが、やはり何というか、堅苦しいというか他人行儀な感じがして冷たく感じられないだろうか。
……まぁ、他人だしそうそうコミュ力とやらもない冷たいやつか。
「あっ分かります?楽しいですよねっ」
と、しかし。
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