何の冗談だ…
「嘘だろ…」
そう思わずにはいられなかったし言わずにもいられなかった。
起こされた彼女の体、体が。
まるで元々そうだったかのようにするすると様変わりしていき。
緑の薄い服が溶けるように鱗へと変わったかと思うと、膨らみのある袖が鋭さのある畳まれた双翼のように彼女の体の一部となり。
程良い膨らみをゆったりと包んでいた部分はぴっちりと包む皮に、靴の先から爪に、膝当てが鱗に、髪飾りが角に…
「なんで…お前の体!?」
そうしていつしか見てみれば、彼女はワイバーンとなっていた。
しかもご丁寧に、所々修飾がかった紫色の。
「なんでってこういう体だから、かしら?まぁいいじゃない。」
驚きに硬直する俺に、しかし彼女はそう言って再び近づいてくる。
広げた翼と体をゆっくりと降ろし、まるで覆い被さるように…
「ぁ…!」
その覆い被さる、という行動を受けることに先程までとは違う危機感を抱き、俺はその場から動く。
「っ、ぅ」
いや…動こうとしたが動けなかった。
指先はピクリピクリと動こうとしているし足ももぞもぞとして体を動かそうとしているのも分かるのだが、どうにも今一歩力が入らない。
…どうやら、回ってしまったらしかった。
致死性の毒ではないのは情報で分かっていたが、そうでなくてもこの状況でこれは致命的である。
ちっ…
心の中で舌打ちをする。
「ふふ、そう逃げないでよ…」
そんな俺をよそに、ヴィオは微笑みを崩さないまま俺の背中に翼をゆっくりと差し込んできた。
ついでとばかりにその爪のついた脚を俺のそれに重ねながら…
「ほらこうすると…ね、気持ちいいでしょ?」
そして抱きしめるように力を込め、続けてくる。
確かに体全体を翼に包まれるというのは、思いの外気持ちがよかった、が…
そのように思って力を抜けば死ぬ…と思う俺にそれを味わう余裕などあるはずが無い。
「そんなこと…っ、ぐ…!」
喰われるわけにはいかない、何とかしてこいつから逃げなければ。
そう思い体をどうにかこうにか動かそうともがく。
「もぅ…まだ逃げようとするの?」
対して彼女は、呆れたような困ったような声で言葉をかけてきた。
その顔はというとまるで愛おしいものを見るような顔で笑っている。
「当たり、前だ!」
その顔が優越感やら勝利の喜びやらに浸っているように見えて…俺はそれが気に障り、やや怒るように声を荒らげる。
…いや、そもそもこのワイバーンは俺を追い立てていた張本人なわけで、それが普通と言えばそのはずだ。
声を荒らげる、等と申し訳なさそうに思わなければならない筋合いなどない。
「ふふ…」
「っ」
そんな風に思ってしまったという事は、いつの間にか警戒を解かれかけていたということだ。
…このままでは、まずい。
「もぅ、暴れないで…別に取って食おうってわけじゃないんだから、ね?」
等と考えていると目の前のワイバーンは笑ってそんなことを言う。
「は…ぁ?」
その言葉に俺は呆然とそう返す事しか出来なかった。
当たり前だ。
先程まで命懸けで逃げていたその相手からの、取って食うつもりがないという宣言はそうなって当然だろう。
「言った通りよ、殺したりとか食べたりとかしたいわけじゃないってこと。」
しかしヴィオは平然とそう言い、重ねて説明してきた。
目の前での笑顔を見る…その顔は嘘を言っているようには思えない。
かといってあっさりと信じ切れるわけではないが…それにしても。
揺れることなく真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は、疑いきるにはどうにも眩しい。
だがそうなると…正直、わからなかった。
魔物が動物がワイバーンがに限らず、肉食の生き物が追いかけてきたならばそれは殺生の為だと思うのが普通だろう。
だが、目の前の…ヴィオは取って食ったりするために俺を追いかけていたのではないという。
毒まで振りまいておきながらこれはどういうことなのだろうか。
…しかし…いや、いっそ。
「なら、一体何のために追いかけてきた…?」
考えて分からないなら、と俺は直接聞いてみる。
幸いにして喰われる心配はないらしいのだからこれが一番手っ取り早いだろう。
拘束から逃げられそうにないので、これしかもうすることがなかったのもあるが。
ともかく尋ねると、彼女は首を傾げ。
「うーん…一目惚れしたから、かしら?」
「な…!?」
驚くべきことを、口にした。
一目惚れ…したから?何を言っている?魔物が、人間に?
いや、魔物が人間に惚れるというのは物語で良く聞くが、だがしかし…
「本当にね、それだけなの…」
と考えていると、ヴィオは口を近づけてくる。
それはすぐに口と口が触れ合いそうな距離に近づき…
「って待て、お前まさか」
その近さに、少し前に味わった感覚を思い出し止めようとする。
「んっ…」
がやはり体は動かせず、再びその感覚を味わう
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