前編 紫毒纏う大翼

魔物達の中に居ると噂される、やや特異な能力、姿を持つモノ。
教国領のソロ傭兵の俺、ザン・ダンテールはその特種捜索及び対処の依頼を受け、生息地であるという沼地にやってきていた。
曰く、空から毒の棘らしきものが飛んできただの。
曰く、毒を喰らう魔性の竜だの。
調べれば調べるほど眉唾にも程がある話ばかり山ほど出てくる、何とも妙ちきりんな依頼だ。
嘘ならとんだ骨折り損だし、事実ならそれこそ意味不明である。




「なんだ…まったく何だっていうんだ、ありゃあ…!」
大きな岩の陰。
その妙ちきりんで意味不明な現状から身を隠しつつ、悪態をつく。
…情報を元に見つけたのは、紫色のワイバーンだった。
いや、まるっきり紫色というよりは緑色の鱗に所々に生えるように突き出た…放たれた今は突き出ていた、か…毒々しい紫の結晶の色が染み出ているという方が正しいだろうか。
だが、今はそんなことは気にしていられない。
「ッ…ゴァアァオアァア!!!!」
巨躯から放たれる猛々しい等という表現が生温く感じる咆哮。
そしてそれに呼応するように弾け飛び地面に突き刺さる紫の結晶。
「化け物じゃねえか…何をどうしろってんだ…」
それらを背中越しに見やり、呟く。
噂は本当だった。
毒の棘も、毒を喰らうというのも。
毒を喰らうというのは少し違ってたが…

パバリッ、プシュァッ…
「い…っ」

…どのみち毒を特徴の一つにしているという点では同じ。
俺は学者連中ではないのだ、細かい事は今はいい。
ひび割れて砕け散り、結晶だったモノから毒々しいそれがまき散らされるという、ここに来て何度目かの現象を見つつ考えを置く。
「…ちぃ」
それより問題はこの毒の方だ。
逃げている時間も数えるなら長々と相手したのだが…
この毒、一般的な、俺がイメージしたり知っていたりするようなじわじわと体力を奪っていくタイプのものではあるらしかった。
だがそのやられ方が違うのだ。
体から体力が抜けていくというよりはまるで、体の動こうとする意志そのものを抉り取っていくようなそんなタイプの毒なのである。
幸い解毒薬や抗毒のお守りのお陰で今はどうにかなっているが、長期戦を挑むには準備も精神力も体力も足りなさすぎた。
「そういや…」
…そして俺はその毒に覚えもあった。
どこで訊いたか見たかも忘れたが、そういう毒草やら毒やら云々があると。
確か、魔…
「ングゥ…ンゥァァアァァアアアァッ!!!」
と考える脳に、地鳴りのような足音と咆哮が響いてくる。


「ッ、俺の大馬鹿野郎…!」
咄嗟に駆け出しつつ毒づく。
そうせずにはいられなかった…それこそ、毒づくという言葉にすら苛立ちを覚えるくらいには最悪の気分であった。

どうしてこんな、どう考えても得が出来ない依頼を受けたのだろうか…


「ッ、ハァッ…はぁっ」

ともかく俺は走り、今は洞窟の中に何とか逃げ込んでいた。
巨体が入り込めるだけの穴は無く、そして無理矢理には開けられない何かしらの理由があるらしく、ここにいる分には手出しされない事を見つけていたからだ。
「っ…ふぅ、ふぅ」
背後と、行ったことのない右前方にしか出入り口がないのに加え寒さ暗さが心身を蝕むリスクもあるが…と息を整えながら、先ほどから考えていた続きにも手を伸ばす。
「そう言えば依頼人は…」
思い出すのは依頼人、やけに美人な短い銀髪の女性。
そしてすらっと伸びた手足と深緑の薄いワンピースと膝当て…そして健康的な程良く乗った締まっている肉。

…そうだ。
よくよく考えてみれば怪しい、怪しすぎた。
酒場という、女が不用心に来るには危険な所に怖じ気もなく緊張もなく現れ、そして俺の所に来るや否やの一言。
ーー私、ヴィオ・レーティリア…ねぇ、ちょっと依頼を受ける気ない?

「…」
頭を振り、白いため息をつく。
…俺は阿呆か。
いくら酒が入っていたからって。
準備に使えという前払いの報酬が多かったからって。
あの女が美人でちょっとばかり浮かれていたからって。
最近湿気た依頼ばかりで…少しのロマンやらを求める心があったからって。
言ってきた女の、そもそも酒場で滅多に女がしない品定めするような態度と目線を考えれば、マトモじゃない依頼なのは分かっただろうに。
どうしていつも警戒して近寄らず、疑ってかかる性分の癖にあのときに限って…
「…ち…っ…はぁ…っ…っ…ふ…」
と沼にはまりこんでいく思考を首振りで断ち、息を整える。
だが伴ってそれなりにクリアになっていく思考は更なる怪しい点を見つけだしていた。

ーーそう、だから、対策はきちんとした方がいいかも。
ーー種族はワイバーン、毒を含んだモノを食べるからその毒が体の外に出るの。
ーーえ?情報を集めておくのは依頼する上での礼儀でしょ、違う?

「……」
頭をあきれるようにもう一度振る。

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