シビレ罠

「よし・・遂にこの時が来た。」
軽装で森の中に息を潜め、大剣を背負い屈みつつ呟く。
正確には、呟くつもりはなかったが、
高揚していた気分がそうさせたと言ったところか。
・・まぁ、無理もない話だな。

俺は、グレン。
狩人・・というよりは、もはや魔物退治の専門家と言った方が良い。
今まで数多くの魔物を討伐してきた。
勇者と持て囃されたこともあるが・・あんなのはごめんだ。
俺は・・魔物との戦いに生き甲斐を求めているだけなのだから。

今回の獲物・・いや、相手はワイバーンだ。
しかし、俺にとってはただのワイバーンではない。
幾度と無く戦い、撤退させ、撤退させられた、因縁の相手だ。
奴は俺との最後の戦いの後、行方知れずとなっていたのだが、
ようやく俺はその情報を手に入れたのだ。
なにやら妙な口調の、やけに恰幅の良い女性から、
対策用とやらの、罠と一緒に。
どうにも怪しい装いではあったが、
喉から手が出るほど欲しい情報だったのでそれは無視した。
対価には剥がれた奴の鱗を要求されたが、
奴を倒せば鱗などいくらでも手に入るのでくれてやった。
ちなみにその罠は、地面に置くと魔物に反応して、
高圧の電流を流してその身を拘束できるらしい。
半信半疑ではあったが、俺はそれを目前の泉の傍に置いている。
効けば良し、効かなければ俺の腕をもってして相対するだけだ。
・・そう。
あの泉に、奴は現れるはずなのだ。
水質が良く、大型の魔物が好むというあの泉に。
きちんと、やつの逞しい足跡もあった。

「・・・・」
じっと、待つ。
あの、忌まわしくも俺を奮い立たせる翼の音はまだ聞こえない。
「・・・・」
ひたすらに、待つ。
ここは、上からは見えないはずだ。
派手に動いて気配を晒せば別だろうが。
「・・・・」
奴は、まだ来ない。
だが、この一帯を根城にしているのは間違いないのだ。


そう言えば。
気になる噂を聞いた気がする。
確か・・魔王が代替わりをしたとかだったか。
その手の話に興味はなかったが、
情報収集をしている内に、その噂は嫌でも耳に入ってきた。
そのせいで、確か、魔物の習性が変化しているんだったかな。
まぁ、魔王が居なくなったわけではないのだ、
変化したのは精々、弱い魔物くらいだろう。
だから・・

ブワォゥ・・

「ッ!!」

聞こえた。
今、確かに聞こえた。
あの、風を切る音が!
「ォクッ・・」
生唾を飲み込む。
泉の方向を注視する。

バフアァッ・・バフアァッ・・!

来た・・!
待ちに待った、奴が来た!
出来る限り、身じろぎせず、その場に留まる。

ドドオォォ・・ッ・・

奴が着地した。
相も変わらぬ巨体をこれでもかと見せつけている。

「グオァゥ・・ンン・・?」

奴は、首を持ち上げ周囲を見回している。
・・気配だけを、察知はしているようだ。
それが、どこからかは分かっていないようだが・・
相変わらず、恐ろしい野生の勘だ。
しかし、見つかっていない以上焦る必要はない。
焦って動けば、それこそ見つかる。

「ンググゥ・・ン・・」
だがしばらくして、奴は泉の方へと歩き出した。
どうやら、渇きには勝てなかったようだ。

足音を立てないように、歩く。
ゆっくり、ゆっくり。
物陰から出ないように、しかし、最大限近づく。

「ングゥン・・グァオォ・・」
奴が泉に口を付けようとする、その瞬間。

「はぁああぁっ!!」
俺は叫び、駆けつつ背負った得物の柄に手をかける。

「グォアッ!!」
驚くことはせず奴は振り向いた。
そして。

「ヒュウォオオ・・・ッ・・」
息を大きく吸い込む。
大音量をまき散らし、こちらの本能に訴えかけるつもりなのだ。

だが。

「フンッ!!」
それよりも先に、俺は奴の右足に刃を振り下ろした。
鱗を数枚弾く感触、次いでズブリという音。
・・手応えあった!
次の動きに繋げるべく、体を捻るが・・

「ゴウゥオガアオアアオァァアアァッ!!!」

ッ・・!
その捻りは、全て俺の耳を防ぐために無駄となった。
やむを得ない・・あの大音量、間近で聞けば動けなくなる。

しかし、幸運が舞い降りた。

「ギャウオゥ!」
そう叫び、奴は、俺から距離を取るように『後ろ』へ跳ねたのだ。
着地しようとするその足下には、あの罠。

よし・・!
効くかどうかは分からないが、隙が出来れば儲けものだ。
自由になった体を動かしつつにじりよる。
剣を地を這うように動かしつつ、相手の行動に応対できるように。

ドドォッ。

奴が着地した。
足下の罠が炸裂する。

「ギャウウゥン!?ギャオゥ・・アッ・・」
目論見通り、奴は動けなくなった。
しかし。

バチィイアッ!

迫り来る電流は、剣を伝わり。
「あぐぅあっ・・!?」
俺にも、伝播した。
たまらず、横たわるように倒れる。

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