「坊主。うちの傘は大切に使ってくれよ。俺にとっては我が子のようなものだからな。」
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…あなたは。元服の前祝いとして。年の離れた親友に一つの傘を仕立てて貰った。
「ふふ。とても美しい傘を戴きました。」美しい赤艶に。浮き世絵のあしらい。
「この子がいるのなら!雨の日がむしろ楽しみなくらいです!」
その言葉に見合った麗しい傘を携え。あなたは宵闇の街路を歩く。
ふと。何者かに後ろから肩を捕まれた。
「…ねぇ坊や。私と番にならないかしら?」
「…番…?それに、貴女は…?」
暗さもあり。妖艶な女性としかまだわからない影は、更に続ける。
「私は夢魔。望むなら、貴方も夢魔にして何百年でも一緒にいられ…」
言い切る間もなく、あなたの傘がひとりでに翻る。
そのまま真っ直ぐに影へ突進し。弾く。
…そも戦いに使うための構造ではないゆえに、ばりと傘面が裂け。竹骨が軋む音が響く。
「…売約済みの殿方を奪うのは、流儀に反するわね。では、失礼。」
…謎の影は消え。そこには貴方の傘だけが落ちた。
「…消えた…?いや!それより、私の、朱傘…!」
貴方の傘は何ヵ所も破れ。骨にも傷が深い。
「…あまりに。あまりに可哀想なことをしてしまいました。」
「…明日、朝一番にでも。彼の元に赴きましょう。」
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「すいません、辻斬りにあって…」
「折角美しく仕立てて頂いた…」
「朱色の…傘…が…」
あなたは言葉に詰まってしまった。
昨夜のことを半ば夢だと思っていたのだから、いや、
昨夜のことが本当だと信じていたとしても関係なく。固まるのも無理はない。
謎の童女「すぅ…すぅ…」
藍地に赤模様の。何故かしっとりとした服を着た幼子が。
女っ気が皆無のはずのあなたの年離れた親友、傘張り浪人さんに抱きついたまま、健やかな寝息を立てていたのだから。
(浪人さんの子?いや、この人に彼女や、遊廓に行く懐の余裕なんてないのだから子供がいるわけが!)
(ひょっとして浮いた話にできない様な嗜好の持ち主!?それなら丁度良いのがあった!)
(童女趣味(=ロリコン)だ!)
普通ならこういう時は、罪悪感から見なかったことにし、話をそらすものだろう。ですがあなたは焦りからか、話をそらす発想に至らず。真っ直ぐな返答をしてしまう。
「……私は変な目で見ませんよ!オタッシャデー!」
「待て!誤解だ!ていうか変な目で見ながら言われても説得力がないぞ!誤解だああああ!」
…駆け出したあなたの手には。
『(…えっ、治して…くれないの…!?)』まだ少女の姿を持たぬ朱傘が一つ。困惑しきりでいた。
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…これからも。あなたは暫く浪人の店に寄り付けなくなる。
毎日毎日浪人の元へ向かい。治そうとは試みるが。
その度その度に。隣に控える藍赤の少女を見て思い出してしまうのだ。
「………オタッシャデー!」
「待て!誤解だ!というかお前!うちの娘を治しに来てるんじゃないのか!?なんで逃げる!?」
『(また治してもらえなかった…)』
「……オタッシャデー!」
『(…また。治してもらえなかった。)』
「お客さーん!どーこいくべかー!?」
『(…これは…私を治す気が、ない…?)』
『(…私の魅力が、足りないせい?)』
『(ヒトの体を手に入れた、あの娘と比べて?)』
『ええ。』
『…きっとそうよ。』
『治してもらえないのは私の魅力が足りないせいよ。』
『…うふふふふ…』
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「…この辺に、かけて置いたはずなのに…私の朱傘は…よかった見つかった!今日こそ…!」
どうせ。今日もまた治してくれはしないのだろう。ならば。
「…あれ?」
実力行使しか。
「こんなに大きくは…」
あるまい。
「なかっ」
ばくん。
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気がつけば。一面が朱。朱。朱。とても狭い空間。
「…ここは?」
『ご主人様。』
『私はずっとずっと。貴方をお慕いしておりました。』
気がつけば。あまりに近くに、一人の女性の姿。
鮮やかな朱色に、浮き世絵を思わせる衣。
そしてその身をささえるように。ねずみから見た牛の舌を思わせる、桜色の帯を巻いている。
彼女の綺麗な衣は痛々しいほどに破け、着崩されており。
その胸元からはもうひとつの桜色が覗かんばかり。
「…貴女は…?」
『嫌ですわご主人様。ずっと一緒にいたというのに私がわからないのですか?』
『美しくない。治す価値のないものだから覚えてはいないと?』
「美しくない…?それに、治す価値のない…?」
『なら。忘れられぬよう。ご主人様に私を汚し。壊していただきましょうとも。』
彼女を支えていた
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