ある遭遇・後編

ぼくのそばには、いつもお姉ちゃんがいた。
いつでも優しくて、強くて、弱虫のぼくを守ってくれた。
変わらなかった。生まれた時から、今まで、ずっと。
それで、これからもずっと変わらないって思ってた。ずっとずっと、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままだって思ってた。
……でも。
お姉ちゃんは、変わってしまった。







「……あぁぁっ、きもちいぃっ!もっとぉっ、もっとずぼずぼしてぇぇっ♪」
「こんなのぉ、こんなのはじめてなのぉっ!こんなのこんなのぉぉっ♪」
家の外から、女の人の叫び声が聞こえてくる。
ぼくの家の周りだけじゃない。きっと、今なら村じゅうどこに行ってもこんな声が聞こえてくるんだろう。
なんでこんなことになったのかというと、いきなりぼく達の住んでいる村に魔物がやってきたからだ。真っ黒な大きい球がぷかぷか浮いて村の中に入ってきたんだ。
もちろん、みんな抵抗した。村の自警団や仕事にやってきていた冒険者の人たちは、それぞれ手に自分の武器を持って魔物に挑みかかった。
……でも、だめだった。
大きな球には、剣も、弓矢も、魔法も、なにを当てても飲み込まれるばかりで、魔物はぜんぜんこたえていなかった。
さらにその魔物は、あたりにいる女の人を手当り次第に取り込んでしまった。取り込まれた人たちは新しい魔物になって、今度は別の人たちを襲いはじめた。
……気がついてみれば、無事なのはぼくがいる家たった一軒だけになってしまった。
あとの人たちは……みんな魔物にされてしまったか、魔物になった人たちに襲われてしまっている。
外から聞こえてくる声は、馴染みのある人のものばかりだ。
「あはぁ、また出たぁ……ずるいよぉ、あなたこんなにおいしいのに、今まで教えてくれなかったなんてぇ……♪」
時々ダンジョンや冒険の話を聞かせてくれた冒険者のお姉さん。一緒に旅をしていた男の人に跨って何かしている。
「ふぁ、いいです……もう信仰なんてどうでもいいですぅ、だからもっともっと私をぉぉぉ♪」
困っている人にはいつでも親切だったシスターさん。神父様が止めるのを聞く様子はない。
「あはは、君ずーっとわたしのこと弱虫だって言ってたくせにもうこんなに出しちゃったんだ……情けないね?じゃあ、もっとお仕置きしてあげないと……」
ぼくより弱虫だったけど仲良しだった女の子。さっきからずっと、自分のことをいじめていた男の子に仕返しを続けている。
「ふふふ、若いもんには負けとられんのぉ……ほれ爺さん、若返ったんじゃからしっかり出しんせぇ♪」
身寄りのないぼくとお姉ちゃんをよく見守ってくれたお婆さん。魔物になって若返って、やっぱり同じように若返ったお爺さんに抱きついて腰をゆすっている。
もう見る影もない。みんなあの球にやられて魔物になって、人を襲ってる。
残っているのはあと、ぼく一人だけだ。
でも、だけど。あんなやつ、ぼくが倒せるわけがない。誰が相手しても勝てなかったようなやつに、こんな弱虫が勝てるわけない。
無理だ。この村はもう、駄目になってしまう。
「……うう……ううう……」
村中に響き渡る声の中、ぼくは部屋のすみっこで布団をかぶり、ただ震えることしかできなかった。
「たすけて……お姉ちゃん……」
お姉ちゃんは森に散歩に行ってからもどってこない。きっと、もうあいつに襲われてしまってるんだろう。
でも、ぼくはお姉ちゃんに祈った。お姉ちゃんなら、って思う気持ちが、心のどこかにあった。

(がたっ)

ふと、玄関の方から音がした。ドアに何かぶつかるような音だ。
……きっと、あいつが来たんだ。
「ひっ……」
怖い。食べられてしまう。
一応ドアは閉めて鍵をかけてあるけれど、そんなの意味がないに決まっている。
ぼくはさらに布団を深くかぶって、体を隅に寄せた。
(ずるり……)
そう音がすると、目の前のドアをすり抜けて黒いものがゆっくり入ってくる。
姿を表したものは−−聞いていた通りの、人くらいの大きさの黒い球だった。
ただ震えながら球を見ていると、その上の方が盛り上がってくる。
盛り上がった所から黒いものが流れ落ちると、それは人の形になった。
「……ケン、ト……」
球の中から現れたものが、ぼくの名前を呼ぶ。その姿は、どうみても−−
「おねえ、ちゃん……?」
ぼくの、お姉ちゃんのものだった。
髪の色は黒く染まってしまっているけれど、その他はどこをどう見ても、お姉ちゃんと変わりない姿だ。
「怖がらないでいいよ……話を聞いて……」
球の上に乗ったお姉ちゃんがぼくに話しかけてくる。
恐る恐る、ぼくは耳を傾ける。
「ごめんね、実は森の中で散歩してる時にこの子に会っちゃって……それで気持ちよくしてもらって、この子とひとつになったの」
この子、っていうのは球のことだろうか。よくわからない。
それに、ひとつになったっ
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