愛に濁る水

甘ったるい匂いが鼻につく。
目の前にある湖が…いや、この辺り一体のあらゆる水が濁り、甘く饐えたような匂いを放っている。
辺りにはひっきりなしに、いやらしい水音と嬌声が響き渡っている。
「…ふぅ、はぁぁ…ご主人様、ご主人様ぁ…」
そんな異常極まりない状況の中、僕は一人の少女にされるがまま犯されていた。
彼女の目は湖と同じように昏くどろりと濁り、それでもなお僕を見つめ続けている。
「…ご主人様、もっと、もっと私を愛して下さい…どうか、私を…」
ただ僕だけを見つめて、譫言のように同じ事を繰り返す。
(…どうしてこんなことに…)
ぼんやりとした意識の中、僕はこの結末に至るまでの経緯を思い返していた。





…僕が彼女と出会ったのは、成人を迎える少し前。
両親を火災で失い、悲嘆にくれて湖に身を投げようとしていた僕の前に彼女は現れた。
清らかな水のように透き通った体、そして特に澄み切った色をした瞳。
突然の登場に始めは唯々面食らっていた僕も、その美しさにあっという間に魅了されてしまった。
「私があなたの支えになって差し上げます」
事情を話すと、彼女は微笑んでそう言った。
それからというもの、僕は辛い時には湖へ行って彼女と話すようになった。
彼女はとても心優しく、突然の肉親の死に傷ついた僕の心を少しずつ癒してくれた。
そんな彼女に僕が心惹かれて、精霊としての契約を結ぶまでにはそれほど時間はかからなかった。


契約を結んだ事で、僕は水の力を操れるようになり、彼女は僕と一緒に暮らすようになった。
彼女は僕のことをご主人様と呼び、いつも献身的に僕に尽くしてくれた。
僕が病気になって寝込んだ時は特別な水薬を調合してくれたり、その体でもって熱を冷ましてくれた。
生活が苦しい時はなんでも悩みを聞いて、その穏やかな心で僕を受け入れてくれた。
彼女は僕の話を聞く時、いつも僕の目をじっと見つめていた。その瞳は本当に何よりも美しく透き通っていて、それを見ているだけで僕の心は安らぎを取り戻した。
僕は彼女のきれいな瞳が大好きだった。


彼女は時々、力を与えるためといって僕と体を重ねた。
交わりの時にも、彼女は献身的な姿勢を崩さない。
「ご主人様に安らぎを感じて頂けるのが、私にとって1番の幸せです」
いつもそう言っていた通り、彼女の奉仕は気持ちよかったけどそれ以上に優しくて、まるで母さんの胸に抱かれているような安らいだ気持ちになった。
交わりを繰り返す度に僕の持っている力は強くなり、始めのうちに比べるとかなり大規模な現象も起こせるようになった。
僕はその力を使って、一種の便利屋のような仕事を始めた。
ある時は旱に苦しむ村へ行って雨を降らせ、またある時は村を定期的に襲う盗賊団をちょっとした洪水で懲らしめたりした。
そうこうしているうちに彼女と僕は精霊使いとそのパートナーとしてちょっとした有名人になり、暮らしもだんだん楽になって行った。
僕たちは間違いなく、誰よりも強い絆で結ばれていた。きっとこれ以上幸せな暮らしはないだろうと思った。




でも、幸せはそれから間もなく崩れ去った。







僕が彼女と契約を結んでから2年ほど経った後。
彼女は、次第に変わっていった。
僕の事を相変わらず大事には思ってくれていた。けれど、だんだんその想いが偏執的なものに変わってきていたのだ。
まず、僕との行為を強く求めるようになった。
そして行為そのものも、激しく淫らなものになった。それまではあくまで僕に力と快楽を与えるためのものだったのが、自分自身の快楽に酔っているかのような姿も見せた。
それから、僕がいなくなる事をひどく恐れた。ほんの数分くらいの外出にでもついてこようとするし、もしついて来なくても家に帰って来ると抱きついて離れない。
…そして何より、彼女の瞳。僕の好きだったあの澄んだ瞳が、少しずつ、本当に少しずつ、濁っていった。
僕はだんだん不安になった。もしかして、ずっと僕と交わっていたから彼女は変わってしまったのだろうか。それじゃあ、僕はもう彼女と一緒にいない方がいいのでは…
…でも、僕はまだ彼女と離れる事ができなかった。彼女はもう僕自身にとって、なくてはならない存在だった。
きっと一時的なものだろう。そう無理矢理自分を胡麻化していた。



それから更に1年。
とうとう、全てが壊れる時がやってきた。







「僕たちはもう、一緒にいない方がいいと思う」
僕は彼女に、はっきりとそう告げた。
「え…」
彼女は信じられないと言った様子で僕を見つめる。その瞳はもう、始めて会った時の面影など微塵も感じられないほど濁り切っている。
「…そんな、冗談ですよね?私と一緒にいられないなんて…うふふ、ご主
[3]次へ
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33