一人、海を見ていた。
目の前に拡がる海原は、どこまでも深く深く水を湛えている。
何もかも飲み込んでしまうような、無限に続く深い青。
…ボクはこれから、ここに飛び込むのだ。
『…ねえかーくん。かーくんは、なんになりたいの?』
『ぼくね、おさかなはかせになる。ぼく、おさかなだいすきだから』
『すごい!やっぱり、かーくんはおりこうなんだね』
『えへへ。じゃあ、まーちゃんはなんになりたい?』
『ボクはね、かーくんのおよめさんになる!かーくんといっしょがいい!」
ボクには一人、誰よりも大切な幼馴染がいる。
この田舎町では数少ない、近所に住む歳の近い友達。仲良くなるのはほとんど必然と言ってもいいと思う。
ボクたちはいつでも一緒だった。一緒に学校から帰って、一緒に遊んだ。一緒にご飯を食べたことも何度もあるし、一緒に寝たこともある。さすがに今は恥ずかしくて出来ないけど、一緒にお風呂に入ったことだってある。
ボクたちが離れる事なんて、絶対にありえなかった。
…ボクはだんだん、彼に惹かれていった。一緒にいる事が、何より幸せだった。
向こうの方はボクの気持ちに気付いていない。きっと、あくまで幼馴染としてしか見ていないんだろう。
でも、それでよかった。ボクは側にいられれば、それで幸せだったんだ。
…なのに。
『…大学、うけるの?』
『うん、やっぱり海洋学の勉強したいしね。出来ればレベル高いとこがいいよな、って思って』
『…そうなんだ。君、相変わらずお魚博士なんだね。あはは』
彼は、大学に行くと言い出した。
それもボクじゃ今からどんなに猛勉強しても絶対に受からないような難関大だ。
彼が大学に行くという事。つまりそれは、ボクと彼が、もう一緒にいられないってことだ。
少なくとも4年。もし学者になるんならもっと、ボクたちは離ればなれでいなくちゃいけない。
その間、彼がずっとボクを想っていてくれる保証はあるか?無事でいてくれる保証はあるか?
…そんなものあるはずがない。
ボクは我慢しようと思った。昔からの夢を叶えられるんだから、これ以上彼にとって幸せなことはないだろう。ボクはそれを祈っていればいい。信じて、待っていればいい。そう思ってた。
…でも、ボクは我慢できなかった。
勉強にばかり打ち込むようになって、彼はボクのことをあんまり気にかけなくなっていった。
…さみしい。
わがままなのはわかってる。
でも、もっとボクを見て欲しい。もっと、ずっと側にいてほしい。
…気付けばボクは、毎日のように彼の家に通うようになっていた。
きっと、これはいけない事なんだろう。ただ彼の邪魔になっているだけなんだろう。
でも、我慢できない。さみしい。
だからせめて、今の間くらいは、ずっと側にいたかった。
『…ごめん、茉莉。僕、こないだの模試、ひどかったんだ。だからしばらくは、出来れば遊びに来るの控えてくれないか』
…それももう、出来なくなった。
遊びに来るのを控えてほしい。
つまり、遠回しな拒絶。
言われた時、きっとボクはひどい顔してた。
…彼が、まるで化け物でも見るような視線を、一瞬だけ僕に向けてきたから。
その時、ボクの中で何かが壊れる音がした。
そして今、ボクは海の上の崖に立って、海を見ている。
彼に拒絶されたその日、ボクはこの町にある昔からの言い伝えを思い出した。
〜かつてこの町で、ある女が恋人に裏切られ、海に身を投げた。
そしてそれからしばらくして、その恋人が突然行方をくらました。
それからというもの、この町の海で女が溺れ死ぬと、その恋人は女の霊に連れられて命を落とすという〜
…普通なら、どこにでもあるバカバカしい迷信だと思う。
でももうボクは壊れていた。
…ボクも身を投げれば、彼を連れていけるかもしれない。それに、側にいられないなら、どっちにしたって…
そんなことを、本気で考えている。
…じっと海面を見ていると、なんだか海に呼ばれているような気になった。
すくむ足が、ぴたりと止まる。
すっ、と足を前に出す。
全身が宙に浮く感覚とともに、ボクは海に落ちた。
(…ん…?)
気がつくと、ボクは裸の状態で、水の中でゆらゆら浮いていた。
口からも鼻からも水が入ってきているはずなのに、全然息苦しくない。
(どうして…?)
そのことを疑問に思った瞬間。
(…あっ、あ、あ、ふあぁ)
ずくんっ
「…ひああああああああああああああああああっ!」
突然、荒波のような凄まじい快感が、ボクの全身を走り抜けた!
「ああぁ、みずが、みずがぁぁぁ!きもち、きもちいい!きもちいいよぉ!」
水の流れが肌を撫でるたび、そこを中心にますます快感が激しくなっていく。
それで体を動かすと、また水が
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