ラミアさんを酔わせたい

蛇はウワバミっていうじゃん?いや知らないけど。
どうやらある東の国ではそんな感じの言い回しがあるそうで、オーガ属ほどでなくてもラミア属は酒に強い娘が多いらしい。そっち出身の知り合いにそう聞いたことがある。かくいう僕も身の回りにそんな人が一人いる。

もうすっかり日が落ちて暗くなった道。職場からのいつもの帰り道を歩きながら、今日はいつもとは違う方向に脚を向ける。ある一つの小洒落たドアの前にたどり着くと、少し深呼吸して気持ちを落ち着けてからゆっくりとドアを開ける。
ここは最近僕が良く来るバーだ。マスターは魔物だけど彼女の趣味なのかクラシカルな雰囲気のバーであり、静かで落ち着いた雰囲気の中でお酒を飲むことができる。といっても、ここのことはあの人に連れてきてもらって知ったんだけど。
ともかく、そんなバーのドアを開けた先には、いつも通りのシックな装いのカウンターと、いつも通りパリッとした格好で佇むマスター。それから、いつも通りの端っこの席で微笑む彼女がいた。
その人は蛇の下半身を持っていて、すらりとした人間の上半身は白いシャツの上に深い色のベストに身を包んでいる。いつもの仕事着だから、彼女も仕事終わりにそのままこの場所へ来たのだろう。彼女は僕の方を見ると、手にしていたグラスをテーブルに置いて微笑んだ。

「来たね。お疲れさま。」
「は、はい。セレーヌさんもお疲れ様です。」
「ふふっ、さあ、座って?」
「あっ、はいっ。」

そう言って彼女―セレーヌさんはしゅるりと下半身を動かして、尻尾の先で彼女の隣のスツールをつんつんと指し示す。微笑みかけられて返事が少しどもってしまったけど、変に思われてないだろうか。少しドキドキしながら、誘われるままに彼女の隣に座る。
彼女は職場の同僚で、仕事では部署が違うから全然話をしないけど、数週間前にたまたま一緒にお酒を飲みに行くことになって以来たびたび仕事終わりに共にお酒を飲む関係を続けている。

「今日はいつもより遅かったね。残業?」
「あ、はい。ちょっと同僚がトラブっちゃって、それを手伝ってたら…。お待たせしてしまってすみません。」
「いいよ。待ってる時間も好きだから。」

そう言ってニコリとほほ笑む彼女に僕の心臓がドキリと鳴る。別に僕のことをそういったわけじゃないのに、"好き"という言葉につい反応してしまった。
そう、僕は彼女のことが好きだ。何がきっかけというわけでもないけど、度々こうして二人だけで過ごす時間がとても好きで、そのときの彼女の微笑みに魅せられてしまっている。でも、たぶん彼女の方は僕のことを飲み仲間くらいにしか考えてないと思うから、これ以上を望んでどうこうするつもりはない。決して、告白する勇気が湧かないとかそういうことではない。
ちょっとぎくしゃくした動きになりながらスツールに腰かけて、マスターに適当な弱いお酒を頼む。マスターはいつもと違うオーダーにも手慣れた動きで準備して、すぐにグラスをカウンターの上に置いてくれる。

「…いつもと違うお酒だ。もしかして疲れてる?」
「ああ、いえ。全然そういうわけではないですけど、たまにはこういうのも良いかなと思いまして…。」
「ふーん、ならよかった。あ、マスター、私も同じの。」

彼女は飲みかけのままなのにグラスを脇に置いて、間もなく提供された僕のと同じお酒のグラスを手に持った。彼女は物静かな人だから何を考えているかわからないところがあるけど、どうやら僕の企みには気づいていないようで良かった。

そう、実は今日の僕には目的がある――今日こそ、彼女を酔わせたい!

…というといろんな語弊があるけど、単純に彼女の酔った顔をちょっと見てみたいというだけである。彼女はだいぶお酒に強く、平均程度の肝臓の強さしかない僕はいつも彼女のペースに付き合ってると自分だけべろべろになってしまう。彼女のほうはほんのり頬を赤らめたまま、最初から最後までいつも通りの微笑み顔なのに。それが少し悔しいのか、あるいは好きな人のちょっと違った顔を見てみたいのか、とにかく僕は何回か前から彼女の酔った顔を見るために奮戦していた。
で、今日は自分だけ弱めのお酒をメインに飲むことで長く付き合えるってわけ。彼女も同じお酒頼んでるから既に作戦失敗してる気がするけど。

「じゃあ…乾杯♪」
「はい。乾杯!」

チン、とグラスが鳴って液面が揺れた。ぐいとグラスを呷ると、さわやかな果実の風味と微弱な炭酸の刺激が喉を楽しませてくれる。ただ、一度に口に含むのは少しだけにしておく。ふう、と一息ついてセレーヌさんのほうを見ると、彼女も同じタイミングでグラスを置いて、こちらに微笑みかけてくれた。

「それで、今日のお仕事はどうだったの。大変だった?」
「いやぁ、もう大変でしたよ。サキュバスの嫁さんがいる同僚が弁当箱開け
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