とある親魔物領の街。時節は冬。
街は年に一回の祝祭の日を迎えていた。街中がこの日を祝い、楽しみ、隣人と喜びを分かち合っていた。
通りには幾多もの店が特別な装飾で客を迎え、行き交う無数の人々は肩を組み浮かれて笑いあっている。
「イェッピィェェェェ〜。フンフフンフンフン〜♪」
そんな通りをある男が一人で歩いていた。家族連れ、恋人同士、ハーレム夫婦。行き交う人々の幸せそうな雰囲気にも怖気づくことなく、鼻歌を歌いながら道の真ん中を歩いていく。まるで一人でいるのが楽しくてしょうがないといった様子だ。
ポケットに手を突っ込んで口笛を吹き、リズムを合わせて頭を揺らす。歩いてくる人の波もひょいひょいと軽快な身のこなしで翻し、ついでにステップを踏みながらすれ違った人々に挨拶をする。にこやかに笑いかけられたカップルは戸惑いながらも釣られて笑う。
「よう!元気か!」
「フンフン…ん?ああ、おかげ様でな!」
「こないだは助かったよ。ありがとうな。」
「イエア!それならよかった!」
群衆の中から呼びかける声に男が振り向くと、一組のカップルがいた。その夫の方が手を上げて男に話しかけ、男も陽気に返事を返す。
後ろ向きで歩きながら適当な会話を交わし、最後に男が調子よく両手の人差し指を向けながら「それじゃあな、いい子供産めよ!」などと言うとカップルは顔を赤くして困ったように二人で見つめ合った。
二人の世界に入ってしまったカップルを尻目に男が正面に向き直ると、その瞬間、ドンと小さな子供にぶつかってしまった。ぶつかった子供は反動で転びそうになるが、その前に男が肩を掴んで支える。しゃがんで子供と目線を合わせた男は、その子の持っていた箱を拾い上げて握らせると、にやりと笑いながらその中にカランと硬貨を落とした。
「おっとぉ、悪いね。お詫びのコインだ。良い祝祭を!」
子供の頭をわしゃわしゃと撫でながら男は立ち上がる。ふと顔を上げると、その子の保護者なのか修道女の格好をした魔物がいた。
「その子がぶつかってしまってすみません。それに募金にもご協力いただいて…。」
「いやあ、今日は祝祭ですからね。こんな日にまで仕事をしては堕落神に怒られてしまいますよ。ではお姉さんも楽しんで!」
「そうですね、ありがとうございます。では、もしよろしければこの後……ってああっ、行っちゃいました…。」
そうして男は振り返り何事も無かったかのように歩いていく。変わらず陽気に鼻歌を歌いながら、自由気ままに思うがままに祝祭の街を歩いていく。
その後もその男はそんな調子だった。ふらふらと街を徘徊し、出店の装飾が壊れて困ってる娘を見つけては元通り以上に飾り立て、走り回る子供たちを見つけては一緒になって追いかけっこをし、テラスで酔っぱらってる集団を見つけては一緒になって酒を飲んで歌った。まるで一人でいることの自由さを謳歌しているかのようだった。
「ねぇ、お兄さん、一人?良かったら今晩、どう…?」
「やぁ、そんなこと言っちゃいけない。大事な祝祭の日ですよ、こんな男より妹さんと一緒に過ごしなさいな!」
「そんなこといわずにさぁ…ああっ、行っちゃった。しゅん。」
そうしてまた見知らぬ人々と陽気な会話を繰り広げた男は、おどけた様子で一礼してその場を歩き去ってしまう。溜息をつきながらその姿を見る女性に、後ろから別の男が声をかける。
「姉ちゃん、やめとけやめとけ!あいつはあんな感じなんだ。」
「あんな感じ、って何?どういうこと?」
「しばらく前からああやって陽気で気前も良いから度々魔物の姉ちゃん達に誘われるんだがよ、毎回断ってるらしいぜ。なんか一人でいるのが楽しくてしょうがないって感じだよなぁ。前はああじゃなかったんだけどな…子供嫌いだし気難しかったし…。」
「ふーん…。じゃあアンタが相手してくれるってのはどう?えいっ。」
「おわっ!?」
そうして祝祭の日は更けていく。日は落ちて空は暗くなり、暗くなった空には星が瞬いて、その星が照らす街は暖かな家々の明かりや店の装飾で互いに照らしあう夜となった。男が歩くこの道も、すっかり暗くなって道行く人の数も少なくなってくる。
通りの両側から優しい明かりに照らされながら、幾多もの人と魔物が二人連れ、もしくはそれ以上で引っ付き合いながら歩いてくる。じきに祝祭も終わる頃合いで、皆それぞれの家に帰るところだろう。男だけが、皆とは違う方向に歩き続ける。彼はふと立ち止まって教会の時計塔を見上げ、次いでその上の尖塔を見上げた。時計の針はまもなく真上で重なる頃合いだった。男は一人、にやりと笑ってまた歩き始めた。
男が見上げていた時計塔。その上は暗く、一つの明かりもない。目下の家々が発する橙色の光が下からぼんやりと照らすのみである。
だが、そこには一つの
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