持ち込まれてしまったイベント

【異世界のイベントが熱い!!】

 バレンタインデーというイベントをご存じだろうか? 知らなくて当然。これは異世界のイベントなのです。
 しかし今、このバレンタインデーが各地で大流行なのである!
 では、いったいどんなイベントなのか?
 内容は単純明快。2月14日に、好きな人にチョコレートを渡そう、というだけの話。
 ただこれだけの話なのだが、なかなかに奥が深い。
 女性が、好きな男性に渡す、というのが唯一のルール。
 ただ、相手が恋人である必要は無く、これから気持ちを伝えたい……! という相手に渡しても良いのだ。
 また、渡すチョコレートも様々で、高級チョコレートを渡すも良し、手作りのチョコレートを渡すも良し、とろけたチョコレートを自分にかけて『私を食べて☆』するのも良し。
 なかなか勇気が出せない女性も、既にラブラブな相手のいる女性も、この異世界のイベントに便乗して、思い人との仲を縮めてみてはいかがだろうか。


  +  +  +


「…………」

 ほーう……本当にあったんだ、このイベント。

「都市伝説かと思ってた」

 何度か聞いたことはあったけれど、誰かの妄想が噂になって駆け巡っているのかと。
 こうして新聞で紹介されるってことは、本当に存在するイベントだったんだなぁ。

 もしくは、

「チョコレートを売りたいお菓子屋の陰謀ってね」

 まあ、話の出所はともかくとして。
 バレンタインデーというのが各地で流行っている、というのが本当だとすると。
 ここしばらくのバフォ様(それとその他魔女たち)のそわそわっぷりと、このサバト支部局中に漂う甘ったるい香り(と空気)は、

「……そういうこと、なんだろうなぁ」

 ニヨニヨと、思わず笑みが浮かぶ。

 そうだよなぁ、そういうことだよなぁ。

 鼻歌を始めてしまいそうなのをなんとか押し殺しつつ、俺は朝食の準備を始めるのだった。


「……兄者が筆舌に尽くしがたい表情をしている……」


  +  +  +


 そして2月14日。

「あ、あにじゃ……」

 うちのバフォさん、フィオネが、ドアの陰からもじもじと顔を出した。後ろ手に何かを持ち、顔を真っ赤にして。
 よし、クッソかわいい。
 俺は出来るだけ何でもない風を装いつつ、フィオネに声をかけた。

「ん? どした?」
「あの……その……」

 もそもそと、じれったいスピードで寄ってくる。

「こ、これを……! 受け取って、ほしい……」

 そっと差し出されたのは、綺麗にラッピングされたハート形の箱。

「開けても?」
「う、うむ」

 丁寧に包装紙を剥がして、蓋を開ければ漂ってくる甘い香り。
 ハート形のチョコレートだ。
 嬉しくて、笑みが抑えきれ無くて、思わず口元を手で覆う。

「え、ええと、その、もしかしたら兄者は知らないかも知れぬが、バレンタインデーと言ってじゃな」
「知ってるよ。恋人にチョコレートを贈るイベントだろ?」

 恥ずかしいのか、しどろもどろなフィオネの説明に、俺が後を続けた。

「う、うむ……その、恋人に……じゃな」

 兄妹として、なら、いくらでもエッチなことはしてきたのだが。
 恋人として、となると、何故だか知らないがフィオネはとっても恥ずかしがるのである。

 かわいい。

「ありがとう、フィオネ。早速いただくね」

 ぱきんと、ハートの端っこを一口。
 俺がチョコを味わうのを、フィオネははらはらと見守っている。

「ん、おいしい」

 良かった普通においしかった。これで『妹はメシマズ☆』だと話にならない所だった。今までカッコつけてきたのが道化になる所だった。マジでマジで。

「ほ、ほんとか?」

 パッとフィオネが顔を上げる。嬉しそうで、安心したような表情。なんだかんだで心配だったのだろう。

「ああ、おいしいよ」

 俺はもう一口チョコを食べて、

 ちゅっと

 フィオネにキスをした。

「――――!?」

 びくりとフィオネが体を跳ねさせるが、逃がさずに唇を重ねる。
 舌を入れて、二人の口の中でチョコレートを舐め溶かした。
 チョコレートが溶けてしまった後も、たっぷり舌と舌を擦り合わせてから、口をはなす。

「な?」

 おいしいだろ? と。
 フィオネはしばらく口をパクパクさせていたが、

「……あにじゃ……」

 俺の服の裾をきゅっと掴んで、

「今のでは、わからなかったのじゃ……だから――――」
「じゃあ、もう一回――――」


 そんな、とろけるように甘い、バレンタインデー。
20/08/15 17:55更新 / お茶くみ魔人
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