物書きと妖精


「……飽きた」
「えっ」

 ぽいっとノートと鉛筆を放り投げ、ばったりと後ろに倒れる。そのまま、手を伸ばせば届く位置に置いてあった漫画を手に取り、読み始める。

「もう飽きちゃったんですか? まだ書き始めて十分しか経ってないですよ?」
「文章が出てこないのはどうしようもないにゃー」
「紙と鉛筆なら文章が出るかもって言ってたのは、行人さんじゃないですか」
「授業中ならいくらでも出るんだよなぁ」
「授業のときは授業を受けて下さい!」

 ぷいぷいと怒りながら俺が投げた鉛筆を回収してくる妖精が一人(一匹?)。

「そもそも、締め切り大丈夫なんですか?」
「再来週だし大丈夫」
「……早めに出しておかないと、感想会で混みあうんじゃないんですか?」
「……ダイジョウブダイジョウブ」
「もうっ!」

 読んでいた漫画を取りあげられてしまった。

「大丈夫大丈夫って言って、結局前回も締め切り当日に慌てて完成させたんじゃないですか!」
「仕方ねーだろ! 俺は劇場型なんだよ!」
「九回裏ツーアウト満塁にする抑え投手なんて迷惑以外の何物でもないんですから、バカなこと言わないでください!」
「……ユーアは優秀なツッコミだなぁ……」

 ダメだ。勝てない。せめてパソコンに向かおう……。

「パソコンに向かったからって文章が出るわけでも無いんだよなぁ……」
「お話のことを考えないと、文章は出ませんよ」
「ソウデスネ」

 実の所、必ずしもそうではないのだけど。仕方なしにパソコンのスリープを解除し、ワープロソフトを立ち上げた。


  +  +  +


「……ダメだ。全然降りてこない」

 パソコンに向かって三十分。ぷちぷちと文章を書きくわえてはいるものの、どうにも納得できず、書いては消しての繰り返し。話の方向性は決まっているのに、それを紡ぐ言葉が出てこない。

「むーん……」

 行き詰まり、本棚から本を数冊取り出した。

「また漫画ですか?」
「いや」

 取り出したのは部誌。文芸部が大学内で定期的に発行している本だ。もちろん自分が前に書いた作品も載っているわけで。

「昔の作品読んで、文章を引きずり出す……」
「おお……本気出したんですね」
「俺も出来れば早めに提出しておきたい」

 昔の作品を読んで執筆力を高め、パソコンに打ち込んで消費する。読んでは書いての繰り返し。

「……ユーアさんや」
「なんですか?」
「リャナンシーは創作の才能を与えてくれるんだよな?」
「……ソウデスネ」

 返答がいやに固かった。

「嘘なの?」
「嘘じゃあないです。嘘じゃ」
「何その言い方」
「いやその、なんといいますか」
「いまの俺には与えられないと」
「そういうわけじゃ!」

 突然声を張り上げたユーアに、思わず視線が向く。

「どうしたいきなり」
「い、いえ、なんでも無いです……」

 なぜかしょんぼりと勢いを落とす。何なんだ。

「なんでもないですよぅ……」
「わかったわかった」

 俺はパソコンを閉じて、上着を手に取った。

「散歩行こうぜ。さっぱり出て来やしねー」
「あ、はいっ」


  +  +  +


 ユーアと二人して街をぶらぶら。
 時刻は既に四時を回って黄昏時。茜色に染まりつつある道を歩く。

「今までで、文章が出てこなかったときってどうしてたんですか?」
「んー? 書いてやめて書いてやめての繰り返し。締め切り直前になると他の連中と部室に缶詰してさ、ぐちゃぐちゃ駄弁りながら書きなぐるわけよ」
「それ、ちゃんと書けるんですか?」
「まあ、ぼちぼちかな。一人でげっそりしながら書くよりはよっぽど健康的だったからさー。誰かが別のこと始めたりしたら、オイオイって止めて。飯の時間になったらみんなで飯食いに行ったりして」
「ほぁ〜……結構面白おかしくやってたんですね」
「そりゃね。文芸なんて個人競技だけど、せっかくサークル組んでやってんだから、楽しくやりたいよね」
「そうですねぇ」

 俺の肩に乗っていたユーアが、飛んで俺の前に出た。

「今、部室に行かないのは、私がいるからですか?」
「ん? そうだな。今はユーアがいるから鬱々しないし、横でアドバイスも入れてくれるし。やっぱり部室だとおしゃべりが多くなるからなぁ」
「…………」

 黙りこまれてしまった。

「なに? どうしたのさっきから」
「いえその……私、あんまり行人さんの役に立ってないのかなって」
「何それ」

 ひどく心外な事を言われた。

「あ、もしかして、さっきの創作の才能うんぬんの話か? あれはジョークだから気にするな。人からもらった才能で切り抜けようとか、そんな狡いことは考えてねーよ」

 フォローを入れたつもりだが、それでもユーアはしょんぼりと顔を落としている。

「それも一つなんです
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33