「ここが……サバト」
城のような、神殿のような大きな建物を見上げる少年が一人。
まだ十五にも満たないように見える風貌だが、白銀の胸当てをつけ、やや大振りの剣を背負った、冒険者の恰好をしている。
しかし、装備に着られているような、剣を持たされているような頼りなげな様子はなく、悠然と構えた一流戦士の雰囲気をまとっている。
そして、全身から立ち昇らんばかりの神気。
この世界の主神の加護を受けているであろうことが一目でわかる。彼は間違いなく勇者だった。
彼が見上げている建物は、バフォメット率いるサバト、その支部である建物。森の奥にひっそりと建てられたそれは、いかがわしいことをするために人目を避けているように思われた。
少年の目的は一つ。人を篭絡し、堕落させるサバトを壊滅させることである。
彼は一人であり、またバフォメットは凶悪で強大な魔獣であるが、彼にはその目的を達成させる自信と、実力があった。
背中の剣を抜きはなつ。剣は輝きを放つほどに磨き抜かれており、少年の顔をその刀身に映し出した。
「……行くぞ」
誰にともなく呟いて、勇者は走り出した。
+ + +
数十分後。
「……なんなんだ、この建物は……!」
少年は散々な姿をしていた。
怪我をしているとか、裸になっているとか、そういうことではないのだが……。
このサバト支部の建物は、迷宮と化していた。それはいい。彼もそのつもりでいた。
問題は、迷宮に仕掛けられた、数々の罠、その内容だった。
建物に入ると同時に、頭からローションを浴びせられた。
襲いかかってきたゴーレムが、ローションたっぷりのスポンジ製だった。
魔法禁止の結界が張られた部屋が、ローションプールだった。
ローションローションまたローション。謎のローション地獄。
勇者の少年は、今や頭の上からつま先までずぶぬれでぬるぬるの、ローションまみれ。
ローションを吸った服は、単に濡れた服よりも重く、べったりとまとわりついて体力を奪う。にゅるにゅると擦れる奇妙な感触は、少年から集中力を削ぎ、精神を蝕む。
無害なだけに、魔法を使って洗浄するという行動をためらわせ、彼はただただ疲労を蓄積させていった。
ぐったりと、目の前の扉を開ける。
べ ち ゃ り
また頭からローション。予想はしていたが、もう避ける気力が無かった。
深い深い溜め息を吐いて、顔を拭い、前を向く。
一見、何の仕掛けも無さそうな廊下。一本道の先には、いかにもな感じの大きな扉がついている。扉の上には、看板がついていた。
『おおひろま』
それを見て、何よりも先に、まず安堵した。
やっと、か。
ここなら、やっとまともな戦いが期待できるに違いない。
大きく深呼吸をし、扉の前に立つ。疲労困憊した体に活を入れ、大広間への扉を開いた。
そこには――――
『ようこそ! 勇者様!』
広い空間に響く、轟音の如き歓声。大広間の半分を埋める幼魔の群れ。
ただし、全裸で。
「……!?」
その異様な光景に、少年は声を失った。
魔物が迎え撃つとは思っていたけれど、こんな、全裸で出迎えられるとは夢にも思わなかった。
しかし、予想してしかるべきだったのかもしれない。何せあんなふざけた迷宮をつくる連中なのだから。
疲れた体、回らない頭、肩すかしをくらった心。
がっくりと膝をつきたくなる気持ちを支えていたのは、なけなしの勇者の意地だろうか。
――そんな彼が、背後に迫る影に気づかなかったことを、誰が責められるだろうか。
ぷすり
「――!?」
首筋に刺さる針の感触、注入される何か。
危機感に振り向くも、ぐるりと回る視界。その場に倒れてしまった。
歪んだ視界に映ったのは、一人の男。手には注射器を持っていた。
「あー、サバトへようこそ、勇者くん」
「……なにを……した……ん、ですか……?」
体が熱い。かすれる声を絞り出して問いただす。
男はうっすらと笑みを浮かべた。
「君がここに来るまでにたっぷり浴びたローションなんだが、アレにはちょっと特殊なお薬が混ぜてあってな。それ単体では全くの無害だが、別の薬品を加えることで、強力な催淫剤、要するに媚薬に変化する」
「……それ、を?」
「今、注射したのがそれだな。まあ他にも色々混ざってるんだけど」
熱い。体の奥の方から疼いてくるようだ。じくじくと体の内側から溶かされるような毒に蝕まれている。
男はちらりと少年の下半身を見やり、媚薬の効果を確かめると満足気にうなずいた。
「よしよし。十分に効いているようで。さて、勇者くん。サバトの目的って知ってるかね」
「……人間を、堕落させる……」
「んー、まあ、それは結果の一
[3]
次へ
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想