竜殺しの呪い

 立ち寄った町の近くにある洞窟に、ドラゴンが住み着いたらしい。
 ドラゴンを恐れて魔物も住み着かず、討伐に出向いた騎士団やら教団やらも、ほうほうの体で逃げ出すのがやっとだったのだという。
 町としては、手を出さなければ無害ではあるし、ドラゴン討伐に来る連中が金を落としていってくれるので、静観を決め込んでいるんだとか。
 この世界に来てから、ドラゴンは見たことが無いなと思い立ち、ひやかしに行くことにした。
 洞窟自体は大したことなく、複雑な構造でもなければ強力な魔物が出るわけでもない。ただ、どこからか恐ろしげな唸り声のようなものが聞こえてくるのはわかった。
 やがて洞窟の最深部らしき場所に着いた。唸り声の出所はここだった。
 見るも恐ろしい巨大なドラゴンが地面に寝そべり、地の底から響くような唸り声を上げていた。
 しかし、俺はその姿に奇妙な第一印象を抱いた。

 なんだか今にも死にそうに見えたのだ。

 地に臥せているのも、苦しくて体を起こしていられないように見えたし、あの恐ろしい唸り声は押さえきれない苦悶のように聞こえた。
 一体何がドラゴンを苦しめているのだろうと思い、気配を消しつつドラゴンに近寄った。

「……何者だ」

 バレた。
 包み隠さず正直に言う。

「あ、旅人でーす。ドラゴン見に来ただけでーす、どーぞお気になさらずー」
「……消えろ」

 不機嫌そうに鼻を鳴らすドラゴン。俺は気にせず、ずけずけと彼女に近寄った。

「死にそうに見えるけど、大丈夫?」
「消えろと言ったぞ」

 傷は見当たらない。血の跡も無さそう。ということは何だろう。

「何だろう。毒? 呪い?」
「消えろ!」

 一喝されてしまった。あたりまえか。
 しかし、ドラゴンの怒りの声には覇気がなく、疲労が滲んでいる。やはりかなり消耗しているようだ。

「呪いか」

 魔力視をつけたら、ドラゴンの体にべっとりとまとわりつく黒いモノが見えた。
 ぐちゃぐちゃの悪意に満ちた呪い。彼女がまだ生きているのが不思議なくらい。ドラゴンの存在なんかよりも、よほど恐ろしく見えた。

「よく生きてるな、あんた」
「…………」

 ドラゴンは、ぐったりと、本当に心の底から疲れきったようなため息を漏らした。
 返ってくる言葉が無かったので、遠慮なくドラゴンの呪いを検分する。
 べっとりとまとわりついた呪いは一見無秩序なように思えたが、実は複雑に絡み合い、混じり合い、影響しあっているようだ。
 なるほど、これほどの呪いならば、たとえドラゴンであっても死に到らしめることが出来るだろう。それも、とにかく苦しんで苦しんでから死ぬ。
 どうやらよほどの相手に恨まれているようだ。

「なあ」
「…………」

 ドラゴンに呼び掛けたが、返答はなかった。
 気にせず続ける。

「この呪い、貰っていい?」
「…………は?」

 お、返答あった。

「……どういう意味だ?」
「あんたからこの呪いを剥ぎ取って、貰う。こんなすげぇ呪い、初めて見た。ぜひ保管したい」
「……そんなことが出来るのか」
「多分」
「多分……」

 ドラゴンの表情の変化なんかわからないが、きっと呆れた顔をしているんだろうな。

「生きてる呪いを剥ぎ取った経験はある。だから、この呪いも剥ぎ取ることはできるはずだ。問題があるとすれば、こんなクソみたいに難易度の高い呪いを剥いだことはないってこと」
「失敗したらどうなる?」
「死ぬ」
「お前が?」
「あんたが」
「…………」

 ドラゴンは閉口した。
 まあ、下手ないじり方したら、多分巻き込まれて俺も死ぬ。
 それはともかくとしても、間違いなく言えることが一つある。

「一応言っておくけど、このまま何もしなかったら、あんた死ぬよ」
「……呪いごときでドラゴンが死ぬか」
「いや、死ぬ」

 俺はキッパリと言い放った。

「死ぬ。間違いなく死ぬ。苦しんで苦しんで、でももがき苦しむ体力も無く、身動きも取れずに死ぬ。これはそういう呪いだ」
「…………」

 ドラゴンは何も言わなかった。
 しばらく待ってみても、口を開かない。
 話を進めるために、俺はぱちんと手を打った。

「でね!」

 できるだけ明るい口調で、アホっぽく。

「せっかく呪いを貰うんだったら、貰う前に死なれても困るし? 協力して欲しいなぁーって思うんだけども!」

 どう? と首を傾げる。
 ドラゴンは、ほんの少しだけ顔を上げて、ゆっくりと言葉をつむいだ。

「……何が目的だ」
「何が?」
「私に恩を売ろうとしているのか」
「いや、別に? 趣味だけど」
「……趣味?」
「そう、趣味。複雑に、精密に組まれた術式は、見ているだけで面白い。後学のために、ぜひ手に入れたい」

 目を閉じ、伏せるドラゴン。

「……好きにしろ」

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