さばとのじゃくてん


 【サバト 壊滅(的ダメージ)!?】

 一昨日の夜、定例黒ミサを行っていたあるサバトに、傭兵の一団が襲いかかった。一網打尽を狙ったのかもしれないが、逆に言えばサバトのオールスターが揃っているところである、返り討ちは必至だった。
……のだが、傭兵団は恐るべき秘密兵器を持っていたのである。
 傭兵たちが取り出したもの、それは注射器である。何の変哲もない、ただの注射器。しかしそれを見た魔女やバフォメット達は一瞬にして恐慌状態に陥った。顔を真っ青にして逃げ出す者、泣き叫びながら自分の兄の名を呼ぶ者、恐怖のあまり失神する者……。
 子どもらしさを逆手に取られ壊乱したサバトに、傭兵団が襲いかかろうとした、その時だった。巨大な爆発が起きた。錯乱したバフォメットの一人が、大魔法を炸裂させたのである。彼女の大魔法は敵も味方も纏めて吹き飛ばし、傭兵団も壊走。お互いに痛い、痛み分けとなったのであった。

  +  +  +

「…………」

 新聞の見出し記事を眺めて、思わず眉を寄せる。

 注射器で恐慌状態って。まさか。天下のバフォメットが。

 身体は確かに幼い少女であるが、精神はちゃんと成熟しているはずである。……はずである。……確かに、たまに子どもっぽい所はあるけれども。
 というか、注射器を切り札にしてサバトに突っ込む傭兵団って言うのもなんだかな。その発想に至ることはあっても、失敗した時のリスクが高すぎる。どうにも信ぴょう性に欠ける話だ。

 この新聞、魔物の発行する物にしてはまともな内容だったから購読してたんだけど、こういうのが混じるようになったらダメだな。購読やめようかなぁ。

 なんてことを考えていると、

「あにじゃー」

 うちのバフォさん、フィオネが起きてきた。

「あーにじゃー」

 寝ぼけ眼でとたとたとこちらに歩み寄り、ぎゅうと抱きついてくる。こちらからも抱きしめ返し、おはようのキスをする。

「おはよう、フィオネ」
「おはようなのじゃ……」

 こちらにしがみついたまま、再びうとうとし始めたフィオネを椅子の上に座らせて、朝食の用意をすることにした。
 ……ふと、疑問がわいた。

「フィオネ」
「……なんじゃー?」
「フィオネは注射って、怖いか?」

 ガタタタッ

 キッチンから肩越しにフィオネを伺うと、彼女は椅子から落ちてひっくり返り、目を丸くしていた。

「……何やってんの?」
「な、なんでもないのじゃ! ちょっとバランスを崩しただけじゃ!」

 慌てて取り繕い、いそいそと椅子に座り直すフィオネ。「あーびっくりした」なんていいながら、俺のグラスの牛乳を飲んでいる。
 今日の朝食はサラダとトースト、そしてスクランブルエッグ。
 それぞれの皿をテーブルに配膳してから、もう一度聞くことにした。

「フィオネは注射、怖い?」
「こ、怖くない! むしろ大好きじゃ!」

 大好きて。それはそれでちょっとどうかと思う。

「それはマゾ的な意味で?」
「そうじゃなくて」

 フィオネは俺の方にすすすっと寄ってきてしなだれかかり、にんまりと笑みを浮かべた。

「あにじゃのおちんぽちゅうしゃ」

 …………(白目)。

「……なんじゃその顔は」

 朝っぱらから下ネタぶつけられる身にもなってほしい所ではあるが。
 気を取り直そう。

「で、普通の注射はどうなんだ?」
「も、もちろん怖くない!」

 ああ、怖いんだ。

 なんだかちょっぴりがっかりである。ロリババァの中身は成熟した大人だと思っていたのだけど、そう言うわけでもないらしい。

「な、なんじゃそのショボン顔は! 本当じゃぞ! 注射なんか怖くないもん!」

 怖くないもん! ときた。これはアウトですね。本性出てる。やっぱりおこちゃまなのかー。

「こら! その生温かい視線をやめるんじゃ! なんじゃ! もう! こらぁ!」

 ぽかぽかとちまこい両手でこちらを叩いてくるフィオネ。かわいい。

「注射、怖くないんだよな」
「当然じゃ!」
「じゃあはい」

 どこからともなく取り出したるは、何の変哲もない注射器。

「ぴぃ!」

 それを見たフィオネは可愛い泣き声を上げて、ずざざざざっと勢いよく後ずさった。

「なっ! なっ! なっ!」

 壁にはりついて、びくびくと怯えている。
 俺はにっこりと笑顔を浮かべて、注射針からぴゅるっと薬液を飛ばした。ちなみに中身はただの栄養剤である。

「ほら、怖くないんだろ」

 にじりよる。

 フィオネは顔を真っ青にして、

「こ、こ、こっ!」

 こ?

「こわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 どかーん


 教訓:ひとをいたずらにおいつめてはいけません。


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「フィオネ、ピーマンもちゃんと食べ
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