自分が所属する騎士団の規律に『先輩は後輩の面倒を見ること』というものがある。
別にここに限らず、あらゆる組織でそういったことは行われているだろう。
だがこの騎士団においてその規律は明文化されており、新しい入団者は一人の先輩に付いて一年近くの間、武術や生活の指導を受けることとされている。
もちろん毎年山のように新人が入ってくるわけではないので、皆が皆が後輩の世話をするということはない。たいていにおいて面倒見が良い者や優れた腕前を持つ者を団長が選び、彼らに新人を任せるといった形になっている。
なので自分のように凡庸な一兵士なんかに将来有望な新人が預けられることなどない。そう思っていたのだが……。
冬の寒さも緩み日中は過ごしやすくなってきた季節、自分は団長室に呼び出されていた。
団長に直接叱責されるような不祥事をやらかした覚えはないし、褒められるような功績をあげた覚えもない。
呼び出しの理由に見当をつけられないまま入室した自分は、そこに二人の人物を認めた。
一人はこの部屋の主で、居て当然のハゲ騎士団長。もう一人は自分と同じくらいの年齢であろう少女だ。
結構いい歳いってて騎士団長という地位にもかかわらず結婚できていない団長。その原因であるハゲ頭はいつもと変わらぬ光沢で、彼の肉体は健康そのものだと示してくれる。
初めて目にした少女の方は童顔なわりに胸は豊かで、ツーテールの髪型が実に似合っていた。その美しさは自分の人生で目にした美女の中でも一二を争うほどだ。まあ、大して美女なんて見てないけど。
自分は団長の前まで進むと直立不動で出頭したことを告げた。団長はそれに『休め』と返してから単刀直入に要件を口にし始める。
その内容は寝耳に水なことに、新入りの団員である彼女を自分の後輩として付けるというもの。自分は動揺しつつ『なぜ自分が彼女の先輩に?』と訊き返すが、団長はそれを黙殺。そのせいでさらに自分は困惑する。
何しろ自分は平兵士の上に秀でたところなんて何もないのだ。
落ちこぼれとまでは思わないが頭脳や武術、人格人望に家柄まで含め、それら全てで上回る上位互換の者など何人もいる。
そういった者たちを差し置いて自分が選ばれるとはどういうことなのか。
先輩になるのが面倒くさいというわけではなく、純粋な不可解さから改めて団長に問うが、やはり答えてはくれない。
そして答える代わりに『彼女は勇者だ』とさらに混乱を加速させてくれる事実を教えてくれた。
この国において数十年ぶりの勇者がここ最近に誕生したという話は聞いてはいた。
だがその勇者様がこの騎士団にやってきて、なおかつ自分が面倒を見ることになるとか、いったいどんな運命のねじれがあったのやら。
辞退しようにも団長命令と言われれば断ることなどできず、自分はもう思考停止の状態で後輩となった勇者様とともに団長室を退出。
廊下に出て厚い木の扉を閉じたところで、自分は『初めまして』と頭を下げて丁寧にへりくだった挨拶をする。
彼女は新入りの後輩だが勇者様。それに対し自分は肩書なしの兵士なのだからこういった態度で当然だ。
そう自分は思ったのだが、挨拶された彼女はなぜか呆れたように鼻を鳴らした。
今の対応に何か間違いがあったかと顧みるが、ただ挨拶をしただけで心当たりは何もない。先ほどのように困惑が頭の中に浮かんでくるものの、それらしい答えが出てくる前に彼女の方が口を開いた。
「どーも、初めまして先輩。平々凡々なあなたに教わることなんて何もないでしょうけど、他の人たちがいる前ではちゃんと先輩の顔を立ててあげますから、そこは安心してくださいね。それでは一年近くよろしくお願いします」
幼い頃に抱いた、強く優しく美しい勇者像をぶち壊しにしてくれるセリフ。
彼女は呆れたような顔から、新しい悪戯を思いついた悪ガキのようなニヤニヤ笑いになり『これからよろしく』と頭を下げる。
自分は少し引きつった愛想笑いを浮かべて『これは手厳しいお言葉で…』と返すのが精々だ。
「でも事実でしょう? 先輩の評価教えてもらいましたけど、剣でも魔法でも私に教えられそうなことなんてないじゃないですか。生活の指導にしたって、私が先輩にする方が期待されるんじゃないですかね? 『少しは勇者様を見習えー』って感じに」
いくら相手が勇者といえどこうも馬鹿にされては看過できない。
まがりなりにも自分のほうが先輩なのだから、口の利き方にはある程度気をつけるようにと注意しておく。しかし彼女は改めはせず、こちらを軽んじた口ぶりで話し続ける。
「だから分かってますって。だれかれ構わずこんな態度取ってたら、いらない敵が大勢できてしまいますからね。こんな物言いするのは先輩しかいない時だけですよ。良かったですねえ先輩、勇者様が特別扱いしてくれるんですから喜んでもいいんですよ?
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