貸出係も帰ってしまった放課後の図書室。
窓から入り込む夕日で、机も本棚も紅に染まった部屋。
本日、自分はそこに同じ教室の女生徒を呼び出した。
その手段はなんとも古めかしい手紙の差し出しという方法。
呼び出し相手のモブさんは親しい友人などいなく、休み時間は一人で静かに読書をしているような子だ。もしかすると彼女の顔が赤いのは夕日のせいだけではないのかもしれない。
内気な少女が男の子に告白されて…なんて、いかにも小説でありそうなシチュエーションだし。
「ええと、手紙読んだんだけど…差出人はナナシノ君でいいんだよね?」
ちゃんと手紙に名前は書いておいたが、モブさんは念を押すように確認する。
自分はそれに肯いて口を開く。頼みたいことがあるのだと。
「私に頼み? いったい何なの?」
何かを期待するように声が少し高くなるモブさん。
その期待を裏切ることに罪悪感を感じつつ、彼女の背後にある本棚に目配せをする。
すると本棚の陰から様子をうかがっていた人影が姿を現し、モブさんに話しかけた。
「それはね『家族のために犠牲になって』って頼みだよ」
突然話しかけられたモブさんは驚いたように後ろへ振り向き彼女の名を口にする。
「コガタさん…!? え、これ、どういうことなのナナシノ君?」
事前の予想とかけ離れていたのであろう展開。モブさんはそれに困惑し説明を求めた。
それに対してコガタという名の少女は笑いながら語る。
「もしかしてナナシノくんに告白されるとでも思った? でも残念!
本当に用事があるのはワタシの方。彼には呼び出しに協力してもらっただけなんだ」
コガタは自分やモブさんと同じクラスの一員だ。
彼女はショートカットの黒髪に均整の取れたスタイルを持つ学校屈指の美少女だが、その中身はかなり……いや、最底に酷い。
「用があったのはコガタさんなの? じゃあなんでナナシノ君の名前で……」
モブさんは淡い期待を打ち砕かれ、失望に目を伏せる。
そして少し恨みがましい口調でコガタに訊ねた。
しかし彼女は己に向けられる負の感情を気にせずあっさりネタばらしする。
「そうすれば警戒しないで来てくれると思ったから。
これはワタシの勘なんだけど、キミってイジメられてたことあるでしょ?
小学か中学かは分からないけどさ。
だから女子の名前だと来てくれないかもって思ったんだよね。
そこで夢見がちな文学少女のキミを釣るために、彼に手紙を出してもらったのさ」
そう言ってコガタは釣り餌を指で示す。
その動きにつられてこちらを見るモブさんの瞳は暗い。
自分はその視線から逃れるように目を逸らした。
「そっか…そうだよね。私なんかに男の子が告白するはずないよね……。
それで、コガタさんは私に何の用なの? 叩きたい? それともお金が欲しい?」
過去のトラウマが再発したのか、今のモブさんはまるで幽鬼のよう。
このまま一人にしておいたら、図書室の窓から身投げでもしそうだ。
だが相手がそんな状態にもかかわらずコガタは肯定する。
「叩くのとは違うけど、似たようなものかな。お金なんてワタシはそう欲しくないしね。
そういうわけで、ちょっと切り刻ませてよ」
そう言って右手を軽く揺らすコガタ。すると手品のようにナイフが手の中に現れた。
安物のバタフライナイフなどとは違い、美術品として通じそうな刃渡り20pほどの鋭そうな両刃。夕日を反射して紅く輝くその刃に、目が死んでいたモブさんも正気を取り戻して慌てた。
「えっ、な、何する気なのコガタさん!? ふざけないでよ!? ねえ!」
モブさんは昔イジメを受けていた。
きっと殴る蹴る程度の暴力は何度も受けて経験済みなのだろう。
だがいきなり刃物を持ち出すなど、明らかにイジメの領域を超えている。
「なっ、ナナシノ君、助けて! コガタさんを止めてよ!
こんなの冗談じゃすまないよ! 刃物だなんてっ……!」
彼女ははっきりとした身の危険を感じ助けを求めてきた。
しかし自分はそれに応じることはできない。
「あー、無駄無駄。そんなこと言っても無駄だよ。
キミを呼び出したのはナナシノくんなんだから、助けるはずないでしょ?」
コガタの言う通りだ。自分は家族の安全のために彼女に協力している身。
罪の無い少女が猟奇殺人犯に追い詰められようと、ただ傍観することしかできない。
目の前の危険人物に怯えるモブさんはジリジリと後ずさりをする。
コガタはそれを楽しむようにゆっくりと近づいていき、あと数歩という所まで近寄ると、一気に距離を詰めて右手のナイフを逆袈裟に切り上げた。
「あ……いやぁぁっ!」
制服の前面が縦に切り裂かれ、ハラリとモブさんの肌が露出する。
彼女は腰を抜かし、ドスンと木の床に尻餅をついた。
切られてしまった学校指定の白いYシャツ。
その隙間
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