怪奇現象に対して最も有効なのは人間の活気・活力なのだという。
いわれてみれば、幽霊や妖怪が出没するのは夜や夕暮れなど、暗くて心細くなる時間で、
遭遇するのも一人や二人、あるいは三人といった、頼りなさを感じる少人数の時が大半だ。
人で賑わう真夏のビーチに妖怪が出たなんて聞かないし、真夜中の廃病院であっても、一クラス三十人がお喋りしながら団体行動してれば幽霊も姿を現しづらいだろう。
そう。全ては活気、生きた人間の持つ力なのだ。
築百年以上経っていて『幽霊が出る』との噂が絶えない町はずれの洋館。
そこに夜侵入したら、玄関が開かなくなってしまい、窓ガラスが何故か割れなくて、携帯電話も圏外で、突然ライトが点かなくなり、月光の生み出す影がおどろおどろしく揺らめくようになったとしても、生きた人間の力があれば対抗できる。
できるはずなのだ、多分きっと。
とりあえず元気を出す手段として大声で笑ってみる。ワッハッハと。
しかし自分があげた声は暗い廊下に虚しく響くだけで、怪奇現象がおさまるどころか、自分の心を奮い立たせることさえできなかった。
『どうしよう…』と思うが、このまま廊下に立っていても状況が良くなるとは考えづらい。仕方ないので、自分がここに来た目的を達成するために足を進める。
なぜ自分がこんな時間に『いわくつきの場所』に来るはめになったかというと、全ては弟の同級生である悪ガキに帰結する。
自分の弟は少し歳が離れていて小学生なのであるが、何でもクラスメイトのサキちゃんから手紙をもらったらしい。
しかしその手紙は弟が読む前にクラスのボス猿に奪われれ、この洋館に隠されてしまったのだとか。
本人は必死になって探したそうだが、結局見つからずいったん家に帰ってきた。
そして夕食後にボス猿からのメールが届き、隠し場所が判明。
弟はすぐ取りに行こうとしたが、暗い時間に小学生を出歩かせるわけにはいかない。
我が家は片親で大黒柱の父は出張中。こうなれば高校生の自分が手紙を取ってくるしかないだろう。
自分は弟に『ちゃんと家にいろ』とキッチリ言い含めて、洋館にやってきた。
ところが玄関を開いて一歩踏み込んだ途端に、バタン! と扉が閉じて館に閉じ込められることになったのである。
さて、この状況はどうすれば切り抜けられるだろう?
携帯が使えない以上、外部に助けを求めることは不可能だ。
廊下に置いてあった壺を叩きつけても窓ガラスにヒビ一つ入らないことから、物理的に脱出口を作るのも難しい。
そうなるとこの怪奇現象を起こしている張本人を探し出して、対決するしかないだろう。
しかし自分はゴーストバスターでも何でもないので、幽霊の対処法なんてまるで知らない。
唯一頼りになるのは、話に聞いた『生者の活気』だけだ。
メールによると手紙は一階廊下の奥、壁際の左のカーペットをめくり上げたところに挟んであるらしい。廊下に並んでいる扉から何か飛び出てこないかと、内心ヒヤヒヤしながら自分は先へと進む。
やがて館を東西に仕切る階段を通り過ぎ、突き当りの壁まで到着。
指定された場所をめくり手紙を回収……あれ、ないぞ?
『間違ったか?』と反対側のカーペットもめくるが、そこにも手紙はない。
まさかこの現象のせいで何かあったのか?
そう思った途端、天井から若い女の声が響いてきた。
「クスクス…あなたが探しているのはコレかしら?」
バッ! と自分は天井を見上げる。見た先には……何と表現したらいいんだろう?
肉体が青白い炎で構成されているような、女の上半身が逆さに生えていた。
炎は容貌がはっきり見て取れるほどに精細で、見た目の年齢は自分と同じくらいだろう。
顔の造形はとても美しいといってよく、黒いドレスを着ている。
そんな幽霊(でいいや)は自分を見下ろして(見上げて?)手にした手紙をヒラヒラと振る。
正直、こんなにはっきりと幽霊を見たのは初めてで、膀胱が満たされていたら少しは漏らしていたかもしれない。
だがこんな場面で悲鳴をあげてへたり込もうものなら『行方不明になった少年A』のポジションが確定してしまうだろう。
自分は極力平静を装いながら『こんばんは』と人間に対してするように挨拶をする。
すると幽霊は少し意外そうに目を開き、同じように挨拶を返してきた。
「こんばんは、不法侵入者さん。
他人の家に勝手に入るのは悪いことだって教わらなかったの?」
それを言われると痛いが、彼女にはちゃんと会話する知性と意思があるようだ。
手紙を返してもらえばすぐ出ていくと伝えれば、あっさり解放してくれるかもしれない。
それを期待して彼女に事情を説明すると……。
「ふーん、弟さんが女の子にもらった手紙ねえ……」
幽霊は意味ありげに呟くと、勝手に封筒を開いて中の手紙を広げた。
文面は短いのかすぐに読み終わ
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