世の中には特撮マニアというものがいる。
普通ならば小さい男の子が視聴する番組にいい歳して熱中し、DVDや関連グッズを買いあさったりする者たちだ。
一般的には笑いものにされることもある彼らだが、自分はそういった人たちをバカにするつもりはない。
グッズをコレクションしても他人に迷惑をかけるわけではないし、自分だって小さいころは特撮ヒーローに憧れたりしたのだから。
もちろん彼らを否定しないからといって、自分が特撮マニアだというわけではない。
今現在どんな特撮が放映されていて、どんな内容なのかなんて、それこそ興味もないし、昔持っていたヒーローグッズの類も、今はもう二酸化炭素に還って地球の一部と化している。
だがそれでも、特撮の中のヒーローが懐かしくなることはある。
勉強だ、テストだ、進路だと面倒なことだらけの高校生活。
そんな毎日を過ごしていると、悪いやつらをなぎ倒し、人々に感謝され、最後は世界に平和をもたらすという、シンプルにして王道な勧善懲悪の道を進むヒーローが羨ましくもなるのだ。
だからまあ、誰にも知られずにヒーローごっこができるとなって、それにハマってしまったのも仕方ない…と思う。
夜ベッドにもぐりこみ、瞼を閉じればそこはもう夢の中。
メガネをかけた小学生なみの速度で睡眠状態に移行する自分だが、意識はしっかりとしている。
夢の中というのは夕暮れ時のように薄暗く、足元さえおぼろげな空間だ。
歩いても全く音がしないその空間を少し進むと、そこには椅子に腰かけ本を読んでいる女性がいる。
血の気が全くない白い肌に、紫色の髪と黄金の瞳を持った、明らかに非人間な存在。
各所にドクロの意匠が施されたスーツを着用し、ステッキを椅子に立てかけている彼女は一種の幽霊なのだという。
その目的は男性特有の精と呼ばれるエネルギーを吸い取ることであり、今は自分に憑りついてそれを食べさせてもらっているのだそうだ。
最初の頃こそ自分は驚き恐怖に陥ったが、健康には何ら影響がないこと、お礼として好きなように夢を操ってくれるとのことで、すぐ仲良くするようになってしまった。
自分が近づいていくと幽霊は『特撮怪人図鑑Vol.114514』と表紙に書いてあるカラー本を閉じ、スッと立ち上がった。
夢の中ゆえか、瞬き一つの間に椅子も本も消え去り、残ったのは杖を手にした彼女だけ。
その彼女は劇場の支配人がVIPの来客に対してするように深く腰を折り一礼。頭をあげると微笑みを浮かべて口を開いた。
「本日はようこそ当劇場にいらっしゃいました。
ほんの一夜という短い間ですが、僅かでも楽しんでいただければ幸いでございます」
堅苦しい挨拶言葉。いまさらそんなことしなくてもいいと思うのだが、彼女は最初に顔を会わせると、必ずこの定型の流れを行う。
そしてこれを済ませて、ようやく砕けた口調で喋るようになるのだ。
「改めてこんばんは。今日の演目は何がお望みかな。
人気トップの『蝗マスク即興劇』にするかい?」
蝗マスク即興劇というのは、幼いころ見ていた『特撮 蝗マスク』のヒーロー役を自分が演じ、彼女が各種演出や敵役を担当するという、台本が用意されていない演劇であり……要はごっこ遊びである。
『帰ってくれ究極星人』や『人海戦隊トゥルーカラー』なども演目にはあるが、一番自分が好きで多く演じるのは蝗マスクだ。
寝る前に見たTVのCMに最新の蝗マスクが少し映っていたことを思い出し、自分は彼女に肯定の意を返す。
「はい、確かに承りました。君が望むならどんな演目でも演じようじゃないか。
では、早速開演といこう。場所は緑豊かな山間に建てられたダム、怪人はそこに下流を全滅させられるほどの猛毒を流し込もうとしている。今回はそんな感じでいいかな」
彼女がシチュエーションを説明するなり、おぼろげだった夢の世界が瞬く間に変化していく。
薄暗さは照り付ける真昼の太陽に変わり、足元はしっかりとしたコンクリートの地面へ。
草木の香りが満ち満ちた自然のそよ風が吹き、ドドド…とダムが水を放出する轟音が鼓膜を叩く。
自分の服装も寝間着からよく着る私服へと衣装チェンジし、上着の下には『これ何十万したの!?』とマニアが驚きそうなほどに、精巧で質感あふれる変身ベルトが巻かれている。
実際に変身できることを考えれば値段は何十万円では済まないだろうが、夢の中なので経費はゼロ円だ。
「『ふははは! この計画が成功すれば首領の野望に一歩近づく!
さあレスカーティ! おまえたち! ダムに毒を放り込むのだ!』」
十メートルほど離れた所から響く女の哄笑。
そちらを見れば衣装はそのままの幽霊とレスカーティなる鎧姿の怪人、そして全身黒タイツの戦闘員たちが、いくつもドラム缶を掲げ、眼下のダムに投げ込もうとしているところだった。
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想