神々にとって人間とは被造物であり格下の存在である。
遊び半分に殺したり苦しめたりすることは許されないが、
多少なりとも理由があれば命を奪う程度のことは容易に認められる。
もちろん教団は『神々は人類を愛している』と教えているのであるが。
町は遠く、街道からも離れたとある森の中。
とても年季の入った小さな教会がある。
建物に朽ちそうな雰囲気はなくしっかりしているが、
外壁にはどれほど昔に建てられたのか…と思わせる色の濃さがあった。
教会周辺の木は切り倒されて平たんになっており、
それなりに運動ができる程度の広さはある。
もちろん森の中という立地において、
数十年から数百年の間放置された場所が平らであるはずがない。
定期的に草木を刈り取り、この環境を維持しようとする者がいるのだ。
その者たちは教会の南側、日当たりのよい場所で剣の訓練をしていた。
一人は男性。
子供と呼ぶには大きすぎるが、大人にはまだまだ遠いという年頃であり、
まさに『少年』と形容するのが最もふさわしいであろう。
その少年と剣の試合を行っているのは一人の少女。
少年よりは少し年齢が低く見えるがその背後には天使の象徴たる白い翼が伸びており、
外見から実年齢が推し量れないことを示している。
そして対峙する二人から少し離れた所に審判役としてもう一人女性がいた。
彼女は少女としての色を残している若さだが、試合っている二人よりも外見年齢が高く、
大人と呼んでもさしつかえないであろう見た目だ。
その女性も白い翼を持っているが、剣を振っている天使よりも翼の数が多く、
知識のある者ならば、より上位の天使であるとすぐに判別するであろう。
彼女は一進一退の互角の戦いを繰り広げる彼らに中断の声をかけようと手を上げる。
少年はそれを視界にとらえ、もう休憩かと少しばかり気を緩ませてしまう。
しかし少女の方はそんな緩みを見逃さず、
『止め』の合図が発せられる前に素早く踏み込んで剣を一閃。
二人が手にした剣には非殺傷の魔法が付与されており、
絶対に相手を傷つけることはない。
胴を深く横薙ぎにされても少年の顔には痛みの欠片も表れない。
しかし彼の顔には苦痛の代わりに『あちゃー』とでも言いそうな表情が浮かんでいた。
その原因は時間ギリギリで敗北を与えてくれた天使にある。
「モゲロ! キチンと合図があるまでは試合は終わってないのよ!
『戦っている間は何があっても油断するな』って教えたでしょ!」
少年をモゲロと呼んだ天使。彼女は己が勝利したにも関わらず、全く喜ぼうとはしない。
それも当然で、彼女はモゲロを自らよりも強く育てようとしているのだ。
100回戦ったならば100回とも楽勝で終わらせる。
モゲロがそうなることを望んでいる彼女にとっては、己の勝利こそが敗北。
気の緩みを突いて勝利するより、手も足も出ず負かしてくれた方がよっぽど嬉しい。
天使はモゲロに対してさらにダメ出ししようとするが、近寄ってきた審判役の女性によってそれは止められる。
「怒鳴りつけるように言わなくてもいいじゃないエンジェ。
そんなにしょっちゅう怒っていたら、訓練が嫌になってしまうかもしれないわよ?」
「ルキさまは甘すぎるんです。少しくらいは鞭を与えないと。
このままじゃ、モゲロはいつまでたっても立派な勇者にはなれませんよ!」
エンジェと呼ばれた少女天使はルキという名の天使に言い返す。
その言葉の中に出てきた『勇者』という単語にモゲロは憧れと申し訳なさの入り混じった複雑な思いを抱いた。
二人の天使がこんな森の奥で隠れるように暮らしているのは自分のためであり、また自分のせいでもあるのだから…と。
勇者というものは大きく分けて先天性と後天性の二種類がある。
後天性というのは普通に生まれ育った後に勇者の力を与えられた者。
先天性というのは勇者として育つべく、生まれる前の魂の段階で力を与えられた者。
モゲロは先天性の勇者であり、
本来ならば二人の天使に誕生を祝福され、教団の希望としての人生を歩むはずった。
しかしモゲロに力を与えた神は何を考えたのか、
モゲロの力を別の勇者に上乗せすると決定したのである。
それを告げられたエンジェとルキは驚き、そして神へと考え直す様に願い出た。
もはやモゲロは生まれ出てしまっている。
彼から勇者の力を取り戻すには殺して取り出すしかない。
しかしモゲロが天使の祝福を受けた赤ん坊だという噂は広がり始めている。
将来の勇者が死んだなどという話は人々を悲しませ不安にさせるだけではないか。
……等々と神を説得しようとした二人であったが、その実は単にモゲロが可愛いだけであった。
彼女らはこの子が産まれたらどんな勇者に育つか、どんな大人に育てようかと幾度も幾度も笑顔で話し合っていたのだ。
生まれた後
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