キューピッドさんがエロいことするだけの話。

自分は昔から母に愛されていないなと思っていた。
別に虐待や育児放棄されたわけではないが、
母にとってそう大切な存在ではないことは感じられた。
俗っぽい言い方をするなら母は……ヤンデレ気質なのだ。

大切に思っているのは夫だけで、息子はその付属品。
外からは愛情を持って接しているように見えるが、
そうすると夫が喜んでくれるからという理由でしているにすぎない。

流石に小さい頃は母親が愛してくれないことに悩んだりもしたが、
成長するにつれてその悩みも薄まり、今ではまるで気にならなくなった。
むしろテレビで見る過保護で異常な愛情を持った母親よりずっとマシだとさえ思える。

ともあれ我が家の母子関係はそんな感じなので、
自分が高校に入学するなり『もういい歳なんだし一人で生活できるよね?』と単身赴任中の父のもとへ出奔してしまってもショックは受けなかった。
実のところ『そろそろやるかもな…』程度の予想はしていたし。
家事全般を自分の手でやらないといけなくなったのはすごく面倒だけど、それはしょうがない。
こうして自分は高校生なら誰もが憧れる、夢の一人暮らし生活に突入……しなかった。
何故かというと天使”を名乗る女が突然やってきたからだ。

別に自分は特定の宗教を信じているわけじゃないし、ことさら信心深いわけでもない。
だってのになんで天使が…と思ったが、本人によると異世界出身でこちらの有名な宗教とは何の関係もないとか。
じゃあその異世界の天使さまが日本の一学生である自分にいったい何の用なのか?
そう質問すると、畳敷きの居間にまるで似つかわくない格好をした彼女は穏やかな微笑を浮かべて言った。

「私があなたに会いに来た理由?
 それはね、あなたがとっても愛を欲しがっているからだよ」
天使を名乗るだけあって今まで見たどんな人間よりも美しい顔。
そんな彼女の笑みに半ば見惚れかけていた自分だったが、その言葉に心臓が一瞬凍りついたような気がした。

「私がこっちにきたのは本当にちょっと前のこと。
 でもね、この世界に降り立った途端に分かったんだ。
 寂しい、寂しい、愛してもらいたいっていう心の声が。私はそれを辿ってやってきたの」
……要は天使の超感覚みたいなもので察知したのか。
しかし自分の心はそこまで女々しいものだったのか?
悩んだりしたのは幼いころの話で、今はもう綺麗に割り切れたものだと思ってるんだが。
『いろいろ悩んだのは昔のことだ』と言ってみるが、彼女は否定するように首を振る。

「ううん、そんなことないよ。愛っていうのはね、人間の心の一番奥底にある物なの。
 目をそらして気にしないふりをしても、絶対いつか向き合わないといけないものなんだよ」
彼女はどこかのカウンセラーのようなことを言うと、
どこからともなく弓矢のセットを取り出した。
いきなり武器を持ち出されてギョッとし身構えてしまったが、彼女は『違う違う』と手を横に振る。

「この弓…というか大事なのは矢の方なんだけど、とにかくこれは特別製でね。
 この矢で射貫かれた者は、愛を向けられればその人を心の底から愛するようになるんだよ」
天使はちょっと自慢げに弓矢を見せつけると消し去り、テーブルに手をついてズイッと身を乗り出す。
そして対面に座っているこちらに顔を寄せると、悪魔が囁くように潜めた声を発した。

「あなたにだって気になる女の子の一人くらいはいるよね?
 私がその子を射った後に気持ちを伝えれば、その子はずっとあなたを愛してくれるようになるよ」
はたして天使の所業なのかとても疑問に思うが、確かに魅力的な提案ではある。
邪な心を持つ人間なら、腹の底で黒い笑みを浮かべたかもしれない。
しかし自分はそこまでの悪人じゃない(と思いたい)し、そもそも高校に入学してまだ一週間も経っていないのだ。
クラスメイトの人となりも分からないのに、好き嫌いの恋愛感情を抱けるわけがない。

「うーん、そんなに難しく考えなくてもいいんだけど……。
 あの子は綺麗だなとか、可愛いななんて思う人ぐらいいるでしょ?」
『気になる女の子なんていない』と返された天使は少し困った顔。
その顔も綺麗でしばらく眺めていたくなるが、発言内容がかなり酷くついツッコんでしまう。
いやだって『別に好きでなくてもいい。オマエに惚れさせてやるから、外見だけでもいい女を選べ』ってことでしょこれ。
女の側の意志とかどうなるのよいったい。
というか最初からの疑問なんだが、なんでそこまでお節介を焼いてくれるんだこの天使。

「だから、それはあなたがとても愛されたがっているからだよ。
 私は愛の天使だから、あなたみたいな人を見過ごしておくことはできないの」
なるほど、そういうことだったのね。
天使としてのお仕事だから自分みたいな人間を放置できないと
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