自分には一学年下の恋人がいる…とクラスメイトは思っている。
『あんな子と付き合えて羨ましいよ』とからかわれるのはしょっちゅうだし、
モテない奴が敵意のこもった視線を向けてくることさえある。
だが自分は本当に彼女と付き合ってなんかいないのだ。
「はい、今日も料理一つできない無能な先輩のために、
捨てる予定の余った材料でお弁当を作って来てあげましたよ。
慈悲深い私に感謝して、良く味わって食べてくださいね?」
昼食時の中庭。
テーブルを挟んで向かい合う後輩は美しい顔に笑顔を浮かべながらボロクソに言ってくれる。
もう慣れたとはいえ、チクチク刺されるのは良い気分ではない。
努めて心を平静に保ち、彼女が用意した弁当のフタを開ける。
ハシを手にし、おかずを取ろうとしたところで、目的の物を挟んだ彼女の箸が差し出された。
「最初の一口は私が食べさせてあげますよ先輩。
こんな女の子が『あーん』してくれるんだから幸福に思ってくださいよ?
あ、でもこれだと二口目からはセルフサービスで逆に寂しいですかね」
ホント何が楽しいのか、彼女はクスクスと笑いながらこちらの口におかずを放り込む。
左右でまとめられているサラサラとした長髪。
まるで悪魔が計算した様に美しく配置された目鼻顔立ち。
透けるように白い肌と均整が取れてスレンダーな体つき。
この後輩はルックスだけでいうなら完璧だ。
十数年の人生でこれ以上に美しい女性を目にした事はないと言い切れる。
しかし外見以上に性格に問題があり過ぎだ。少なくとも自分的には。
「もう、そんな顔しないでください。
分かりました、かわいそーな先輩のためにもっと食べさせてあげますよ。
私の貴重な昼休みを削って、哀れな働きアリのようにせっせと食べ物を運びましょう」
後輩は悲劇のヒロインのように目元を拭うと、今度は米をはさみあげる。
拒否したところでまた貶されるだけだろうから、大人しく自分はそれをいただく。
どんなブランドの米なのか、冷えていても美味しい。
「どうです? 美味しいですか?」
咀嚼中で口が開けないので頷いてそれを肯定する。
すると彼女は白々しい笑みを浮かべて明るい声を出した。
「ですよねー。女に働かせて食べるご飯ほど美味しい物はないですよねー」
言葉としては間違ってないが、自分がダメ男であるかのように聞こえるセリフ。
『じゃあ自分で食べるよ』とハシで弁当をつっつこうとしたら、彼女はサッと弁当箱を横へずらしてしまった。
「なに勝手に取ろうとしてるんですか? これは私が作った物で私の財産なんです。
先輩に“食べさせてあげてる”だけなんですから、無許可で取ったら窃盗ですよ」
白々しい笑顔から一転、お硬い弁護士のような無表情になる後輩。
『もうついていけねー』と自分はため息を吐く。
そうしたら後輩は再び笑顔に戻って、弁当を元に戻した。
とまあ、こんな感じで自分と後輩は交際しているのではなく、
こっちが一方的に付きまとわれて虐められているようなものなのだ。
そんなにウザイなら力づくで追い払えばいいと思うかもしれない。
実際、こっちが悪者になる覚悟で手を上げたことも一度はあった。
だがその時は――――。
いい加減近寄るなよ! そんなに嫌がらせして楽しいのか!?
ある日の事。自分は実力行使も視野に入れ、
人気のない屋上階段に後輩を連れて行って詰め寄った。
しかし大の男に怒鳴られても彼女は余裕顔。
何かあっても助ける人はいないのに楽しげに言った。
「ええそうです。先輩が困ったり嫌がったりするととっても楽しいんです私。
あ、でも喜んだり楽しんだりするのが嫌なわけじゃないですよ。
ただ喜ばせるよりも虐めるほうが私の趣味に合ってるってだけです」
異常な人格を当たり前のように告白する後輩。
背筋に寒気が走り『これはヤバい』との直感が駆け巡った。
脅すためでなく恐怖から右手が持ち上がり、彼女の頬めがけて平手が奔る。
だが頬を打つ軽い音が階段に響く事はなかった。
何故なら後輩がこちらの腕を掴んで止めたから。
「女に手を上げるなんて、ずいぶん思い切りましたねえ。
誰かが見てたら完璧に先輩が悪者になってましたよ?」
後輩はフンと鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべる。
自分は彼女の手を振り解こうとするが、ガッシリと掴まれ微動だにしない。
女の細腕から出るはずのない力に恐怖と困惑が深まっていく。
おまえ、人間なのか……?
「さぁて、どうでしょう?」
人外であることを否定しない返答。まさか本当に―――。
そう思った次の瞬間、パシッと足払いされうつ伏せに床に押し付けられた。
後輩はさらに腕を背にひねって、身動きできない様にしてくる。
脳の冷静な部分が『犯人確保ー!』なんてイメージを送ってきた。
ちょっ、おい、何すんだ
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