学校から帰ると机の上に一冊の本が置かれていた。
見た目はハードカバーの百科事典で表紙は真っ黒。タイトルさえ書かれていない。
たいして使っていない勉強机ではあるが、こんな物を置いた記憶は微塵もない。
普通の家なら家族の誰かが置いたと考えるんだろうけど、
海外赴任の父に母が付いていった我が家に住んでいるのは自分一人だけ。
まさか空き巣でも入ったのか?
そう思って戸締まりやタンスの貴重品を確認してみるも、手を付けられた跡は一切無し。
何の被害もないのに『帰宅したら変な本が置いてあったんです』なんて警察に通報するのも気が引ける。
いや、本当はするべきなのかもしれないけど、調書なんかの手間を考えるとね。
一通り家の中を調べた自分は二階の自室へ戻った。
そしてキャスター付きのイスに腰掛けると、机の上にある本を手に取る。
誰が何のために置いたのか分からないのは気味が悪いが、どんな内容なのかは気になる。
右手で背表紙を支えて、適当にページを――――おや、何か落ちた。
パラッと本の中心辺りを開いた途端、はらっと落ちる長方形の薄い物体。
床に落ちたそれを拾ってみると黒い封筒。
中に便箋らしきものが入っているので、取り出して読んでみる。
えーと、なになに……。
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/  ̄ ̄ ̄ ̄ /_____
/ あなたは /ヽ__//
/ 選ばれました / / /
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/ ____ / / /
/ / / /
/ / / /
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『あなたは選ばれました』とだけ書かれた便箋。
意味の分からない文面に自分は首をひねる。
『お前を殺す』とか『秘密を知っているぞ』とか悪意丸出しの手紙なら面倒なんて言わずに即通報だ。
しかしプレゼントの当選通知のようなこの文からはそういった物が感じられない。
手紙を片手に少し考えてみるも、差出人の意図は全く読めない。
……手紙の考察は後回しにして本を読んでみるか。
内容を見れば意図が分かるかもしれないし。
そう結論を出して本の一ページ目を開くと、そこには絵が載っていた。
白いページの真ん中に黒インクで大きく描かれた目。
ずいぶんリアルでキモイな…と思うと同時にギョロッとその目玉が動いた。
うっ、うわぁぁっ!
突然の怪奇現象に自分は本気でビビり、本を投げ捨てて悲鳴をあげた。
どういう仕組みなのかハードカバーの本は一ページ目を開いたまま床に落ち、
周囲を確認するようにギョロギョロ見回す。
そして部屋の中を一通り見るとペラッと自動でページがめくれ、今度は口元の絵が現れた。
例によってその絵も動き、声を発し始める。
『あー、もしもーし。聞こえますかー。
この本を開いた人は返事をしてくださーい』
友人相手に電話をかけたような軽い口調で流れる女の声。
そのラフさについ返事をしそうになったが、口を手で押さえて言葉を飲み込む。
『もしもーし? もしもーし? あれぇ、いないのー?』
声の主は返事が無い事に戸惑ったような声を出す。
怪奇現象が治まるまでこのまま息を殺していよう…と自分は思ったが、そうは問屋が許さなかった。
見開きページの右半分。白紙だったそこにまた一つ絵が浮かぶ。
モノクロな最初の目玉と違い、写真のように精巧なカラーの人物画。
それは青肌で黒い翼と尻尾もった少女の姿だった。
見た目は自分よりやや年下だが、顔形はとても整っていて可愛い。
得体の知れなさを脇に置いて、一瞬見惚れてしまうほどだ。
完全に浮かび上がったその絵はやはり動いて喋る。
『なんだ、居るんじゃない。ちゃんと返事してよ、もー』
あの絵はテレビ電話のようなものなのか、自分をはっきり認識されてしまった。
こうなったらもう居ないフリはできない。
自分は腹をくくって対話を試みる。
……何なんだオマエ。
『わたし? わたしは悪魔だよ。“悪魔”って概念はそっちにもあるよね?』
よりにもよって悪魔とは。まあ、理解しやすくて助かったけど。
ああ、辞書に載ってるくらいのことは知ってるよ。
それで、その悪魔が一体何の用なんだ?
そんなものに目を付けられるほど大それたことはしてないと思うんだけど?
自分は大勢の人から讃えられるような善行をしたことはないし、
万人から後ろ指を指されるほどの悪行をした憶えもない。
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