薬物を盛る人間の屑(もしくは全力で落としにいく人間の鑑)

教団が勢力を誇っている地域はともかく、親魔物の地域では男が結婚に苦労することはまずない。
もし相手を選ばなくていいのなら、通りに出て適当な魔物に声をかけるだけですむ。
『自分と結婚してくれませんか?』と。
その言葉が本気だと信じてもらえれば、既婚者や意中の相手がいない限りゴールインだ。

また告白者が魔物の好みとずれていても袖にされることはない。
『まずはお友達から始めましょう』的な事を言われて、知人としての付き合いは持てる。
そして段々と仲良くしていくうちに異性として好かれて、大半は結ばれることになるのである。

好みから外れていなければすぐにOKをもらえる。
外れていても親しくすれば高確率で両想いになれる。
人間の女性と交際するのに比べれば圧倒的なまでの簡単さだ。
なので自分は恥ずかしさを我慢して告白することにした。

師匠と自分の二人だけで経営しているこじんまりとした魔法屋。
一週間に一度の割合で店に訪れ、魔法薬を買っていく魔物。
いつもと同じように代金を払って店外にでた彼女を追い、自分も店を出る。
冷たい風に青紫の長髪をたなびかせる彼女の背に声をかけて呼び止めた。

すみません、ちょっと待ってください。
「なに? どうかしたの?」
呼び止められる心当たりがないであろう彼女は疑問を口にしてこちらを振り向いた。
純粋なサキュバスと比べても全く見劣りしない美しい顔。
ほんの一瞬間それに見惚れた後、自分は想いを打ち明ける。

あの……個人的な話なんですけど、少しいいですか?
「構わないわよ。私も急ぎの用事はないから。それで話って何なの?」
緊張と恥ずかしさで体が熱くなる。今の自分の顔は相当に赤くなっているだろう。
自分はゴクッとつばを飲み込み、単刀直入に要件を口にする、

あなたが好きです。付き合ってもらえませんか?
前ぶりなんてほとんど無い告白。
多分人間だったら『ハァ?』とバカにするだろう。
しかし魔物である彼女だったら――――。

「そう。残念だけど私はあなたに興味なんて無いの。
 恋人が欲しいなら他の魔物に付き合ってもらいなさい」
お友達以前に取りつく島もない“お断り”。
そこまでキッパリ言われるなんて夢にも思わなかった自分は精神も体も固まってしまい、
彼女が再び背を向けて立ち去るのを見送ることしかできなかった。



陽が落ちて『閉』の看板を下げた店。その居住区で自分は師匠と夕食を摂る。
フられた自分はこの上ないほど意気消沈。食事中にため息を何度も吐いてしまう。
それを不審に思い何かあったのかと訊く師匠。
告白してフられたなんて惨めで恥ずかしいけど、誰かに愚痴りたくもあった。
それで恥を忍んで夕方の出来事を話すと……。

「あっはっは! そりゃあ相手が悪かったな!
 グラキエスは並みの人間よりガードが堅いんだぞ!」
寒冷地独特の度数が高い酒。それを片手に師匠は笑い声をあげる。
いくら酔っぱらってるからって笑い物にすることはないだろう。
やっぱ話さなきゃよかった…と後悔しながら自分は皿の肉にフォークを突き刺す。

……笑うことないでしょう。自分は本気だったんですよ?
そう言って自分は恨みがましい目で師匠を睨む。
一通り笑った師匠は『スマンスマン』と手を振り、酒をもう一口して話す。

「いやー、俺のとこに来た時はがきんちょだったお前が色気づくとはなあ。
 ついおかしくて笑っちまったんだ。悪かったな」
この師匠と自分は十年以上の付き合いだ。
とても貧乏だった家族が奴隷商に自分を売ろうとしたところ、
旅の魔法使いだった師匠が『この子には魔法の才がある』と横から出て買い取ったのが出会い。
その後は二人であちこち旅をし、数年前に魔物も受け入れている北方の小さな町に腰を落ち着けたのである。

まあ、いいですよ。もう過ぎたことですから……。
完膚なきまでに自分はフられた。
人間だったらもっと時間をかけて仲良くなるところを、相手は魔物だからと甘く都合の良い考えで告白したのが悪いのだ。

師匠、その酒少しもらえますか?
水を飲み干し、空になったコップを師匠に差し出して自分は言う。
自分の年齢で酒を飲む者は少ないが、こんな時ぐらいヤケ酒に走ったっていいだろう。
だが師匠は手元のボトルを注いではくれず、呆れたように鼻息を吐いた。

「なんだお前、諦めんのか?」
諦めるって…しょうがないじゃないですか。
彼女は『興味無い』って言い切ったんですよ?
「本気でその子が好きなんだろ? だったら一度断られたぐらいで諦めるなよ。
 俺なんて何度フられても告白したんぞ。だいたい101回くらい」
それは……凄い執念ですね、としか言いようがないですね。
「ああ、その子と俺はずいぶんと身分違いでな。
 一応両想いだったんだが、家族のことを考えると彼女は首を縦に
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