女王だからといって高圧的とは限らない

なぜ上流階級には社交パーティーなんてものが存在するんだろうと自分は思う。
父(といっても義理のだが)は『これは貴族として必要な事だから』と言って、
事あるごとに自分を連れて参加するのだが、自分はそれが本当に嫌だ。

別に自分は対人恐怖症というわけではない。
親交の薄い人や初見の人に挨拶して回るぐらい苦痛でも何でもない。

後継ぎを残せないまま老年にまで差し掛かってしまった父。
(表向きは)それに拾われたどこの子とも知れない自分。
そういった事情を知っている一部の連中が向けてくる蔑みの視線。
顔にツバを吐きかけてやりたいそいつらに、笑みを浮かべて話さねばならないのがひたすら不快なのだ。

陽が落ちて始まった本日のパーティー。
この国屈指の商人が抱える楽団が曲を演奏する中、自分は来客に顔を見せて回る。

「君もずいぶん育ったものだねえ。
 どうだい、そろそろウチの娘とデートでもしてみるかな?」
領地が近く親交も深い貴族の男性。
自分を幼いころから知っている彼は、冗談交じりに笑いながら言う。

いやいや、自分ほど年上じゃあなたの娘さんにはとても吊り合いませんって。
彼の娘はまだ七歳。いくらなんでも十歳上の相手とデートはないだろう。
「そうかい? でもあと数年したら少しぐらい付き合っても良いんじゃないかな?」
遠回りな政略結婚の打診。
彼は悪い人ではないと分かっているが、娘を道具とする考え方はどうにも苦手だった。
自分は曖昧に笑い“まあ、考えてみますよ…”と返して彼から離れる。
その後見知った顔数人に挨拶をして回っていると、イヤミな声がかけられた。

「おや、久しぶりですね。お父上はご壮健ですか?」
自分より数歳年上の男性貴族。
彼の曾祖父は当時の王の弟で、母親もどこかの国の王女らしい。
己の血筋は高貴だなんだとやたら自慢し強調する嫌な奴。
そんな男だから、心の底では血統不明の自分なんて野良犬程度にしか思っていないだろう。
極力話したくないので“たいそうな怪我や病気もなく健やかです”と最低限のことを伝えてさっさと離れることにした。

一通りの挨拶が済んだ自分は、二階のバルコニーに出て外の空気を吸う。
涼しくて澄んだ外の風は、嫌な奴に応対して鬱憤が溜まった自分の頭をすっきりさせてくれる。
流石にパーティーの終わりまでここにいるわけにもいかないが、もうしばらくはこの心地良い風に当たっていたい。

自分は瞼を閉じてそよそよと吹く風を浴びる。
このまま眠れたらさぞかし良い気分だろうなあ…と考えていると背後から声がかけられた。

「ああ、もしそこの方。なにか気分がすぐれないのですか?」
耳に心地良い女性の声。それに目を開けて自分は背後に振り返る。

そこにいたのは屋内からの照明でやや逆光になった女性。
歳の頃は二十代前半といったところだろうか。
頭の後ろで結い上げられ、光を反射し輝く金髪。
身にまとった黒紫色のドレスは胸元が乳房が零れ落ちそうなほど大胆にカットされ、
左横に入ったスリットは腰の上まで伸び、白い肌を惜しげもなく晒している。
夜会の参加者は背や首回りの肌を晒す衣装を着ることが多いとはいえ、
彼女のドレスは娼婦と見間違うほどの露出ぶりだった。
それでもその衣装が下品に映らないのは、彼女自身の美しさと気品に満ちた雰囲気ゆえだろう。
自分はその美しさに目を奪われ、返答もせずただ彼女を見つめてしまう。
その様子に彼女は首を傾げると、コツコツとヒールを鳴らして近寄り再び話しかけてきた。

「大丈夫ですか? 調子が悪いなら部屋をお借りして横になった方が……」
まだパーティーが始まってそれほど経っていない。
宴もたけなわになった頃なら、酔いを覚ましにやって来る人もいるだろうが、
今の時間にたった一人でバルコニーにいるようでは、心配されてもおかしくないかもしれない。

あ……いえ、大丈夫ですよ。少し外の風を浴びたかっただけですので。
ハッと我に帰った自分は心配不要と彼女に伝える。
「あら、そうでしたか。それは余計な口出しを……」
『余計なことをした』と言いつつ自分の右横に立つ女性。
彼女はそのまま手すりに肘をかけると、首を向けてこちらを見た。
美しい顔に見つめられるのは悪い気分ではないが、こんな女性のことは知らない。
忘却するにしてもこれほどの美女、一度でも顔を会わせたなら絶対忘れるはずがない。
こんな近くで見つめられる理由も分からないまま自分は無言で佇む。

「……あなたはどちらからいらした方でしょう?」
何とも言えない沈黙を破るように、問いかけをしてくる女性。
自分はそれでまだ挨拶をしていないことを思い出し、慌てて家柄と名を名乗り頭を下げる。
「これはご丁寧にどうも。わたくしは―――」
初めて出会った女性。その名も家柄もやはり初耳だった。


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