おとぎ話の勇者に憧れない男の子はいないだろう。
大人数の軍隊を容易く蹴散らし、美しいお姫さまをさらって閉じ込める悪の魔物。
そんな魔物に単身で挑み、打ち倒し、お姫さまを救い出す勇者。
勧善懲悪で誰一人批判することのない完璧なストーリーだ。
幼い頃は自分もそういった勇者に憧れた。
様々な本を読んでは、自分も勇者になってこういう冒険をしてみたいなあ…と思った。
そして十年近く経って唐突にその夢が叶ったのだが――――心底後悔した。
確かに剣一本で巨大なドラゴンと戦う勇者の姿はかっこいい。
だがそんな風に感じられるのは、本の外という安全な場所から眺めているからだ。
『じゃあ実際に剣を持ってドラゴンに挑んでこい』なんて言われたら、
99%の人間は『命が惜しい』と言うだろう。
農夫の息子として、争いと縁遠く日々平和に暮らしていた自分。
それが何の呪いか、前触れもなく勇者に選ばれて、力を与えられてしまった。
(天使や教団関係者に言わせれば祝福らしいけど)
本当に最初のうちは嬉しかった。男子ならば誰でも憧れる勇者になれたのだから。
しかし天使から新たな勇者の誕生を告げられ会いに来た教団の者を前にしたとき、
自分の喜びは不安と恐怖へ入れ替わった。
勇者は主神から力を与えられる。
何のために与えられるのかといえば、それは当然魔物どもと戦うため。
平凡な農夫として一生を過ごすはずだった自分は、
勇者として、教団の聖なる戦士として、命懸けの戦いを突如義務づけられたのだ。
これが呪い以外の何だっていうんだ?
命が惜しい自分は。教団の者が新米勇者の検分に来たとき言った。
“自分に戦いなどとても務まりません”と。
しかしお偉いさんの返答は硬く冷たいもの。
“君は神に選ばれたのだ。その運命から逃げるなど許されない”
そう言って、勇者を辞退することを却下した。
教団の者が帰った後、自分は両親にも胸の内を明かした。
“命懸けの戦いなんてしたくない。勇者なんて辞めたい”と。
血の繋がった家族で、まだ未成年である息子の訴え。
父も母も同情的になり、慰めの言葉をかけてくれた。
しかし「父さんも口添えする」とか「逃げてもいい」なんてことは決して言わなかった。
栄光ある勇者に選ばれた息子が、命惜しさに逃げ出したなど知れれば村八分にされかねない。
自分もそれは分かっていたが、やはり両親のそういう言葉が欲しかった。
当然と言えば当然だが、人口が多い地域ほど勇者が誕生する確率が高い。
中には神と人の都合で勇者産出国になっている所もあるが基本はそうだ。
自分が住んでいる国は教団の勢力圏内だが、総本山からは遠く離れ人口もそう多くない。
先輩勇者など近くにおらず、自分の訓練は軍所属の兵士や魔法使いが相手をしてくれた。
勇者ということで親元から離され、王城付属の施設で過ごす日々。
剣など一度も握ったことがなく、魔法の“まの字”も知らない自分だが、
勇者の力のおかげで基礎能力だけは常人を遥かに超えるレベル。
訓練を始めて三ヶ月もしたころには(力任せとはいえ)教官たちにも完勝できるようになった。
その報告を受けた教団のお偉いさんは、ついに魔物の討伐を自分に命じた。
場所はこの国の西、中立国家との境界に面する森の中。
木々を分け奥深く入った場所には、小さいながらも拓かれた魔物の集落があるのだという。
発見して数年来、いまだに被害報告はないが、付近の住人の不安の種になっているそうだ。
「―――よって勇者モゲロよ。罪無き村人たちが心安らかにあれるよう、
部隊を率いて、森の深奥に潜む魔物どもを抹殺するのだ!」
昔見たおとぎ話の中よりは質素な謁見の間。
自分は床に片膝をついて、王様の近くに立っている教団のお偉いさんの話を聞く。
拳を握って熱く語るお偉いさんとは裏腹に、事なかれ主義の王様はあまり乗り気でない。
『新米勇者にはまだ早い』と収めてくれないかな…と自分は期待する。
「王よ。昨今の情勢、国の守りを疎かにできぬことは私も知っている。
しかし魔物を発見して以来、数年の時が過ぎた。
力を蓄えた魔物どもがいつ蜂起するか分からないのだ。
この国に勇者がいる今こそが、討伐の好機ではないか?」
討伐を渋る王さまに“今がチャンス”と出兵を促すお偉いさん。
兵に被害が出るのは嫌だが、教団の意向を完全に無視することもできない。
ひっそり暮らしているなら見逃そう…という考えの王様は困った顔。
表向きはともかく、実際には魔物の集落は発見しだい即殲滅というものではない。
もちろん未来永劫そのままにしておくわけにはいかないが、
人里から遠く、ほとんど干渉してこないなら、機会あるまで放置するのが一般的。
『村人が襲われた』という訴えでも出ない限り、積極的に戦いはしない。
何故なら、兵士の
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