衣服は何のためにあるのか。
普通の人間なら外傷を負わないためとか、体温を逃がさないためとか答えるだろう。
ならば痛覚が鈍く、傷を負っても容易く治癒し、
体温が低下しようが不調にならない肉体を持っているなら、服は不要なのではないだろうか。
もちろんそういった機能的な面を抜きにしても、裸で人前に姿を現わすのは非常識だと知ってはいる。
しかしそれも人里離れたところで一人暮らしをしていれば全く問題にならない。
私は人間を辞めて僻地に住むようになって以来、服を着ることを止めてしまった。
魔法使いの嗜みとして魔力製のローブは纏っているが、肌を隠すにはあまり役立たない。
といっても別に私は露出趣味があるわけではないが。
家の中で静かに過ごしても服は汚れ、洗濯の必要が出てくる。
何度もイスに座れば尻の部分が薄くなり、歩いていれば靴底だってすり減ってしまう。
一人で暮らしている私にとって、着衣することは無駄な浪費としか感じられないのだ。
雨が降ってきそうな曇り空の下、私は素足で小さな庭を歩く。
防草の魔法がかかったペンペン草一本生えていない土。
その上に薄い足跡を刻みながら、庭の中央に設置した石板へ向かう。
幾多の図形が重なり、複雑な文様が多数刻まれた、硬いベッドのように大きい石板。
これは召喚用の魔法陣。私はこの石板を使い研究に必要な物を呼び出す。
自身がアンデッドである事から分かるように、私の研究は生死に関するものが主だ。
実験には新鮮な死体がどうしても必要になる。
しかし薬品の類はともかく、新鮮な死体など金を積んでも買えるものではないだろう。
生きている人間を殺せば無料で手に入るが、流石にそこまではやりたくない。
なので私はこの石板を使い“世界のどこか”から出来たての死体を召喚する。
遺族の方は突然死体が消えて驚くかもしれないが、その程度の迷惑は気にしない。
自分で言うのもなんだが、私はマッドネクロマンサーなのだ。
石板と対になる魔道書をかざし呪文を一言。
刻まれた魔法陣が紫色の光を放ち、起動したことを知らせる。
いつものように召喚の呪文を唱えると、周囲に紫色の光が満ちた。
石板を直視出来ないほどの光。
たった今世界のどこかから死んだ直後の女性が引き寄せられている。
そして紫の光が収まった後には、石板に横たわる女性の死体が――――うっ。
今回召喚された死体。私はそれを目にした途端顔をしかめてしまった。
何故ならその死体が酷く痛めつけられていたからだ。
体のそこら中に見受けられるアザと傷。それは明らかに鈍器や刃物でついたもの。
両手足は変な方向へ曲がっていて、右足など皮膚を突き破って骨が露出している。
極めつけは首。ねじ切られたような醜い傷跡になっていて、頭部はどこにもない。
何があったのかは分からないが、この女性は明らかに玩ばれ嬲り殺されていた。
様々な死体を見てきた私だが、これほど惨い死に方をしたのは初めて見る。
(ずいぶん大変な目にあったのね……。いいわ、安らかに眠らせてあげる)
こんな悲惨な死に方をした女性を実験材料につかうのは私でも気が引ける。
……ついでに言うと頭が無いと使い物にならないし。
光が消えてただの板に戻った石板。
そこに転がっている無残な死体に私は手を触れる。灰一つ残らないよう焼却するためだ。
しかしまだぬくもりの残っている体に触れた時、私は生者の魔力を感じた。
(え? この人生きて……るはずないわよね)
胴と頭が別れて生きている人間などいるはずがない。
だが、ネクロマンサーである私が生者の魔力と死者の魔力を間違うはずもない。
私は呪文を唱えて魔力を分析する。すると生者の魔力を発している部位が分かった。
(腹だけ生きている? そんなわけ―――って、まさか!)
一つの可能性に思い当たり、死体の腹部を細かく解析する。
すると予想通り、生者の魔力は女性の子宮内部から発されていた。
(外見じゃ気付かなかったけど、この人妊娠してたんだ……。
まずいわね、このままだと……)
死体は刻一刻と冷えていくし、そもそも胎児に血液を送れない。
早く手を打たないと、胎児も母体と運命を共にしてしまうだろう。
(厄介ね……。せめて頭が残っていれば良かったのに)
彼女の頭部が付いていれば、すぐさまゾンビにして胎児を救うことができる。
肺に穴が空いてようが、内臓が破裂していようが、アンデッドになれば関係ないのだから。
しかし困ったことにこの死体には頭が無い。
ゾンビになれば肉体の損傷がある程度修復されるとはいえ、流石に頭は生えてこない。
ゴーストになれば完全に綺麗な体になるが、頭が無いと魂が定まらないのでそれも不可能。
胎児をアンデッド化するという手も、肉片サイズではまだ使えない。
(何かないの? 死ぬのを指くわえて
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