プライドは投げ捨てるもの。

昔々、自分の爺さんが生まれるよりずっと昔の時代。
その時代の魔物は人語を解さないほど知能が低く、その姿も嫌悪や恐れしか抱かない形だったという。
もし自分がその時代に生まれ、魔物と出会っていたらどうなっただろうか?
剣も魔法も使えない自分はあっさりと捕えられ、即座に食われていただろう。
では仮に、その時代の自分が剣や魔法の達人だったとしたらどうだろうか?
きっと容赦も慈悲もなくその命を奪っていただろう。

人間と魔物は殺すか殺されるか。
魔物は弱い人間を餌食にし、強い人間は迷うことなく魔物を殺す。
それが常識で、誰も何も悩むことは無かった。

しかし魔王が代わって以来、魔物はその性質を変えた。
それも人間にとって酷く厄介な方向に。

まずほぼ全ての魔物が人間と会話できるほどの知能を手に入れた。
これを『問答無用で食われず、交渉の余地があるだけマシじゃないか』と考えるのは浅慮なことだ。
確かに戦闘能力が無くても、手八丁口八丁で生き延びれる可能性はある。
しかし野生動物同様に何も考えず襲ってきていた魔物まで、策や罠を張り巡らすようになったのだ。
トータルとして見れば、巨大なマイナス以外の何物でもない。

そしてもう一つは、魔物の外見が美しい女性を模した物になったこと。
もちろん、本物の人間女性と比べれば異形であるが、
男性が慈悲を見せたり、欲情したりする程度には人間に似ている。
このおかげで、人類の敵である魔物と戦えない・殺せないという兵士が世界中で増加したそうで。
教団は思想教育を一層強めたらしいけど、現場で教育の成果を発揮するのは難しいようだ。
だって――――山奥の魔物集落を攻めに行った教団兵が、山賊になって帰ってくるぐらいだから。

『我々に任せてください。安心して山に入れるようにしてみせますよ』
そう言って山中へ出陣していった隊長さんは、剣の代わりに棍棒を振り回し叫ぶ。
「ヒャッハー! 今日からこの村はオガ山賊団のもんだぁー!
 オラ、村長出てきやがれ! 畑を荒らされたくなかったら種籾持ってきな!」
ブンブカ棍棒を振り回し畑の柵(腐ってて取り壊し予定だった)を破壊する隊長。
その背後には、愉快愉快といった顔の緑肌の美女。
他の部隊員も同じで、美しい姿の魔物と一緒に叫びまくりの暴れまくり。
魔物に敗れ手先となることで生き延びたのか、
それとも倒した魔物に懐柔され骨抜きにされたのか。
真相は分からないが、彼らは魔物と手を組み人類の敵と化したのだ。

騒ぎが村中に広がるにつれて、
あちこちから「キャー!」だの「うわー!」だのといった叫び声が響くようになる。
自分たちは細々と山中の村で生活していた一般人。
それに対し、暴れているのは鍛え上げた肉体を持つ専業兵士&魔物。
村を守るために戦おうなんて奴はいなかった。
とにかく生き延びようと、我先に村から逃げ出していく。
もちろん自分も逃げ出す一人。突然の襲撃に荷物を持ち出す暇もなく、着の身着のまま山中へ逃げた。

自分は山生まれの山育ち。だが、山中に詳しいかというとさほどでもない。
あまり奥へ行ってしまうと魔物と遭遇する危険性が高くなるため、
(平和な所と比べると)村の近辺しか散策したことがないのだ。
しかし、今の状況で村の近くにいたら、追ってくるモヒカンどもに捕まる可能性が非常に高い。
自分は遭難覚悟で、未知の領域へ逃げ込んだ。
そして―――覚悟した通りに遭難した。



人間の手なんて全く入っていない山林。
その中を空腹と喉の渇きを抱えてさまよう自分。
空を見上げると、生い茂った枝の間から少し傾いた太陽が見える。

ええと、モヒカンが襲撃してきたのが朝の八時かそこらだったから……一時か二時くらいか?
あの惨劇からまだ1/4日ぐらいしか経過していない。
だというのに無補給で動き続けた体は、栄養と水分をよこせと喚き散らす。
自分もできるならそうしてやりたいが、食糧は無く、水のありかも分からない。

なにより今の自分は完全な無手。
確かに山中には食糧になるものがあるだろうが、何の工夫もせず口にできるものなんてそうそうない。
山菜の群生地や獣の新鮮な死体を発見したとしても、食べることはできないのだ。

……頭の中で嫌なイメージが膨れ上がる。
このまま木々の中をさまよい、ついには動けなくなって死ぬのかと。
あの時抵抗して一思いに殺されていれば…と考えながら、ジワジワ苦しんで死ぬのかと。

自分はブンブンと頭を振って最悪の未来を振り払う。
諦めるな、まだまだ体は動くんだ。
そんな想像は本当に倒れてからでいい。

一歩ごとに“きっと助かる、きっと助かる”と言い聞かせながら自分は進む。
そうして歩き続け、さらに日が傾き夕方近くになったころ。
そこかしこに補修の跡が見られる山小屋を自分は発見した。


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