親が子に夢を継がせるというのはときおりある。
頑張って、頑張って、頑張って、それでも届かなかった。
息子よその無念を晴らしてくれ……といった具合に。
自分の母もそんな夢破れた人間だ。
なんでも若い頃の母は町一番の魔法使いだったらしい。
まあ、町一番といっても田舎町だったようだから、たがが知れてるけど。
要は典型的な井の中の蛙だったわけだ。
その蛙は自分を過信し、魔法学院へ入学して本格的な魔法使いになろうと無謀な夢を持った。
学院へトップ合格し、首席で卒業。やがては国に仕える魔法使いへ―――といった感じに。
現実を知っていた両親(自分の祖父と祖母だ)は反対したが、
天狗になっていた母は喧嘩別れのように家を出て学院のある首都へと旅立ち……一次試験で見事に落ちた。
母はこの愚痴を零すときは決まって、もっと魔力があったら…と口にする。
筋力や知力と違い、魔力は鍛えようとして鍛えられるものではない。
生まれつきの才能が全てなのだ。
凡人の両親から生まれた自分が、名家の子弟に魔力で勝てるわけがない。
魔力さえあったら魔力さえあったら……。
自分としては魔力以外にも問題があったんじゃないかと思うが、それは決して口には出さない。
幼い頃にそれを言って厳しい折檻を受けたから。
とにかく、魔法使いは魔力が第一と身に染みて理解したのだ母は。
自分の子供に夢を継がせるとしても、魔力がないのでは話にならない。
そのため母は少なくない金額を払い、とある優秀な魔法使いに種をつけてもらったのだ。
立派な魔法使いになるんだぞと、膨らんだ腹を撫でながら語りかける母。
この時期が自分と母にとって一番幸福な時だったんじゃないかと思う。
母は我が子が学院の首席になる妄想をして悦に浸り、自分は何も知らずに腹の中で安らかに眠る。
どちらも現実を見ず、独りよがりの幸せの真っ只中だ。
そして十月十日が経ち、自分が産まれ―――母の精神が破綻した。
大金を払い、多大な苦痛に耐え、やっと産まれた希望の子供。
その子供は一般人よりはマシという程度の魔力しかもっていなかったのだ。
名家に負けないどころか、自分自身と比較しても劣る息子。
それを知った母はついにおかしくなった。おかしくなったのだ。
なにしろ一般人に毛が生えただけの自分を魔法学院に入学させようと教育したのだから。
それでも最初の頃はまだマシだった。
魔法がうまく使えなくても、まだまだ子供だから…と母が自分自身を押さえていたから。
しかし一年二年と経つにつれ、そんな誤魔化しも通用しなくなっていった。
“なんでこんな簡単な魔法も使えないんだ。わたしがお前ぐらいのときには――”
母はヒステリックになり、自分がミスをするたびに“お仕置き”をするようになった。
お仕置きの中で一番多いのは物理的暴力だったが、何よりも効いたのは食事抜きだった。
健康な大人ならともかく、成長期の子供が食事を取れないというのは相当な苦しみだ。
そして物覚えが悪かった自分はしょっちゅう食事抜きの罰を受けていた。
そのままの生活を続けていたら、自分は栄養失調で死んでいたかもしれない。
そうならなかったのは、近所に住んでいた優しいパン屋のおじさんが売れ残ったパンをこっそり分けてくれたからだ。
そうして何とか生き延びていた自分だったが……あるときそれが母にばれた。
その時の母の姿といったら、世の中にこれ以上に醜いものは存在しないんじゃないかと思うぐらい。
“余計な事をするな!”“ウチの子に嫉妬してダメにしようっていうんだろう!?”
全て聞いていたわけではないが、パン屋へ乗りこんでそんな感じのことを散々喚き散らしていたのを覚えている。
そしてこの騒ぎで母は危険人物と見なされ、町には居られなくなったのだ。
町を追い出された母と自分はしばらく旅をし、一年中雪が降る小さな村へと辿りついた。
そして村の中でも一番外れにある小さな家を譲り受け、そこを新しい住居とした。
当然ながら自分は疑問に思った。
なんでこんな辺鄙で不便な場所へ? 勉強するならもっと大きな町でもいいじゃないか。
母の機嫌を損ねないよう、柔らかい言い方で疑問をぶつける自分。
その問いに対し、母は以前よりも濁った眼で自分を見て答えた。
“ここなら誰も邪魔しないだろう?”と。
それからの生活は前よりもひどかった。
今まではミスした時のみ、お仕置きをされていた。
ところがこの村では、暖房の無い部屋に薄着で置いておくだけで常時お仕置きができるのだ。
母は暗く寒い部屋に自分を閉じ込め、課題が終わるまでは出さないと言うようになった。
そして必死に課題を完了させて部屋から解放されても、ミスによる罰はまた別に与えられる。
劣悪な住環境に、精神的・肉体的な苦痛、さらに断続的な絶食の三重苦。
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