モゲヨの話

あたしの家はずっと昔から続く由緒正しい家系だ。
遡って行けば平安時代までたどり着くらしい。
そういう歴史の長い家はたいてい財力や権力を持っている。
そしてそれに付随して家柄だの血筋だのといったロクでもない評価基準も付いてくる。


朝、起きて階段を下りる。
あたしの家はこの辺りでは珍しい三階建てだ。
一番上にあるあたしの部屋は階段の登り降りが長くて面倒。

「おはよう、お父さん」
ダイニングのテーブルについて新聞を読んでいる父に挨拶をする。
父はちらりと新聞から目を離して見るだけで、挨拶を返すようなことはしない。

父はそういう人なのだ。
男尊女卑の考えが根深く、上の者は下の者に対し礼を払う必要なんてないと思っている。
そのくせ自分より上の者には見苦しいほどにペコペコ頭を下げゴマをする。
はっきりいって大嫌い。

まあ、朝からそんなこと考えていても気分が落ち込むだけなので台所の母に声をかける。
「おはよう、お母さん。今日の朝ご飯はなに?」
母はあたしに挨拶を返すと、今朝の献立を教えてくれた。
新学期の始まりということで奮発してくれたのか、めったに朝食に出ないものが含まれている。
「やった、あたしそれ大好きなんだ」
あ、しまった。

テーブルの方を見ると父が新聞を置いてこっちに来なさいという目で見ていた。
失態だ。ひさしぶりの好物に浮かれて地が出てしまった。
「私は何度も言っているな。自分のことは“私”と言うようにと」
何度も聞いたお決まりのセリフ。
そこからクドクドと始まる長いお説教。
父はあたしが自分のことを“あたし”と呼ぶことをひどく嫌う。
“あたし”という言葉は礼儀知らずの平民が使う言葉だと。
あたしは自分の呼び方なんて本人の自由だと思うけど父はそれを許してくれない。

結局、長々と話は続き、このままだと遅刻するという理由であたしは解放された。
当然食事なんて採る暇はない。
腹をグーと鳴らしながら靴を履いてあたしは登校した。

はあ、四月頭の始業式からこれとかついてないなあたし……。
そんなふうに思いつつクラス分けの発表がされた掲示板を見る。
あたしのクラスは……2−Aか。
一番下駄箱に近い教室。

教室につくとこんどは席順表を見て自分の席を把握する。
あたしの席は出入口近く。
休み時間は人の出入りが多いからあまりいい場所じゃない。
別に席を代わってもらうほど嫌でもないけど。

黒板に貼られた席順表から離れて自分の席へ向かう。
隣の席は男子だった。
あたしに背を向けて一年時からの友人らしき人と談笑している。
別にどうでもいいけど。

あたしはそう思いながらイスを引いて腰掛ける。
すると背後のあたしの存在に気付いたのか、男子が振り向いて挨拶をしてきた。

―――どうも、おはようございます。

ただそれだけ。
何の変哲もない朝の挨拶。
だというのにあたしの心臓はドキリとしてしまった。
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
早くなった心臓の鼓動。それが全然治まってくれない。
体温が上がり少し汗ばむ。喉が渇いてつばを飲み込んだ。
何なの? 何なのよいったいこれ!?

名前も知らない彼は一言挨拶をするとまた背を向け友人との会話に戻った。
あたしはその背中から視線を外すと鼓動を元に戻すために深呼吸した。

クラス替えの恒例行事と言えば一人一人の自己紹介。
ウケを狙う人もいれば、無難に終わらせる人もいる。
あたしは当然、無難に終わらせて席に戻る。
その後も自己紹介は続き、ついに名前も知らない彼の番になった。
前の人と入れ代わりに教壇の前に立った彼。
その顔を眺めるとやっぱり体が熱くなる。
最初のようなドキッという衝撃はなかったけど、トクントクンとペースが少し上がった。

―――名前はハヨ・モゲロです。

ハヨ・モゲロ。
それが彼の名前だった。
あたしと同じように自己紹介を短く切りあげた彼は席に戻ってきた。
そこであたしは小声でそっと彼に言う。
「あたしはイマ・モゲヨ。よろしくね、モゲロくん」
彼はさっき聞いたのに? という顔をしたがどうもと頷いてくれた。

始業式の日は半日で放課後。
家へ帰ると専業主婦の母が迎えてくれる。

「お帰りなさいモゲヨ。昼食は朝の残りだけどいいかしら?」
お説教のおかげで食べ逃したあたしの好物。
味は落ちているだろうけど、ありがたくいただく。
「それとモゲンさんから連絡があったわよ。ゴールデンウィークに会いましょうって」
その言葉にあたしの気分は一気に落ち込んだ。

モゲンというのは……認めたくないがあたしの“飼い主”になる男だ。
来年には53になろうかという脂ぎった中年で、その性格はいうと父に輪をかけたような男尊女卑。
さらに自分より上の立場の者がほとんどいないから始末に負えない。

当然あたしはそんな奴に好意
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