『はい、夏休みの課題は全部もらいましたか? ウゲーなんて顔をするんじゃありません。
あれ? どうしたんだい。頭抱えるにはまだ早いよ。読書感想文の題材に困る?
うーん、そうだなあ。じゃあ先生オススメの本の話をしてあげよう。
モォーゲル昆虫記って知ってるかい?』
砂漠の朝は突発的に風が吹く。
生まれたときから砂漠で暮らしている私の目にも飛ばされた砂が入る。
少しまばたきをすればすぐ落ちるがな。それにしても最近は本当に男日照りだ。
ラクダの商隊はルートを変えたのか?
だとしたらこちらも河岸を変えないと……む。男の気配。
『モォーゲルって言うのは昔の有名な昆虫学者で様々な昆虫を調べ記録を残しているんだ。
しかもその方法が現地まで行って昆虫を捕まえ、元の環境を模した部屋で観察するという手間と金のかかるもの』
カバンを持ってなにかを探すようにキョロキョロする男。
仲間とはぐれでもしたのか? 人間が砂漠で迷ったら枯死するぞ。
…人間が死ぬのは好ましくない。助けてやるか。代償は頂くが命に比べれば安いものだろう。
岩の陰から近づいて……今っ!
『モォーゲルは昆虫の習性をよく研究していたからね。
凶暴な種でもそれを逆手にとって捕まえるなんてのは難しい事じゃなかった』
避けた!? 完璧に不意を突いたのに!?
男は私の毒針を逃れたというのに逃走しない。すこし離れた場所に立ってジッと見つめている。
『憶えている範囲だけど引用するね。【わたしは彼女に呼び掛けた。どうか研究に付き合ってくれないかと。
ところが砂漠の暗殺者は必殺の毒針を避けられたことに憤慨して、聞く耳もたず襲ってきた』
くそっ! この男っ!
どう見ても戦士のような体つきではないのに、的確に尻尾やハサミの死角に入り込んで攻撃をかわす。
私は頭に血が上っていた。簡単に捕まえられると思っていた獲物が、こんなにも逃げ回ることに。
『ダメだ、話が通じない。そう思ったわたしは万が一の時に備えておいた捕獲用トラップを使うことにした』
男がやっと動きを止めた。
汗をダラダラ流し、ゼーゼー息をしているのを見るに体力の限界なのだろう。
……本当にてこずらせてくれた。最初は味見程度で返してやろうと思ったがもう許さん。
この毒をたっぷり注入して何度もごめんなさいと泣き叫ぶまで犯してやる。
男を驚かせてやるために一旦身を隠す。そして音を立てずにソロソロと背後から近づく。
もう少しだ。飛びかかって一気に体を押さえつけてやる。
子宮が疼く。もうすぐで久しぶりの男の精。
バカめ、後ろだ――!
『背後から獲物に近づくのはギルタブリルの常套手段。
飛びかかる寸前に落とし穴を発動させたらあっさり落ちてくれて捕まえられた』
痛っ! なんだ!? 突然暗く…!?
四方は砂の壁。空を見上げたら縁から男が顔を出していた。
「やあ、乱暴な真似をしてすまないね。僕は君が気に入ったんだ。一緒に家まで来てもらうよ」
ふざけるな! 私を拉致するだと!? それはこちらのセリフだ!
張り合うように叫ぶが言葉の代わりに返ってきたのは何かの粉だった。
『わたしは眠りの粉薬でギルタブリルを大人しくさせ、袋に詰めて持ち帰った。
家にはギルタブリルのために用意しておいた砂漠部屋があったのでそこに連れ込んだ』
ん……? ここは……?
見慣れない部屋で目が覚めた。どうも変だと思ったら仰向けに寝ているようだ。
とりあえずうつ伏せに―――動かない?
下半身を見たらロープと杭で地面に縛り付けられていた。そして腕もバンザイのように地に縛られている。
何なのかと疑問に思っていたら、扉を開けてあの男が入ってきた。
「目が覚めたかい。ここは僕の家だよ。砂漠の洞窟に似せて作った部屋だけど居心地はどうだい?」
最悪だ。人間なんかに捕まえられるとは。
「うーん、気に入らなかったのか。それはすまない」
どこかネジが抜けているのか男はズレた謝罪をする。
「謝罪ついでに一つ頼まれてもらえないだろうか?」
断る。と言ったら?
「その時は無理矢理かな。まあ痛くはないと思うけど」
……一体何の頼みだというんだ?
「僕は昆虫の研究家でね。いまの研究対象は君のような上半身が人間そっくりのクモ…アラクネ属って呼ばれる種なんだ。
だから君を色々調べさせてもらいたい。ちゃんと食事は用意するし、事が終わったら元の場所に帰してあげるから」
気にいらないが今の状態では頷く以外の選択肢がない。
わかった、できる範囲で協力してやる。
「ああよかった! 君が協力的で。じゃあさっそく……」
男はいきなり服を脱ぎ出した。おい! そんな格好で何を調べるというんだ!
「これは調査というより実験なんだけどね。交配実験。
君たちアラクネ属は繁殖
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