数年前、母が死んだ。
元から体が弱く、父と一緒に寿命を迎えることはできないだろうと言われていた。
それを反対を押し切り自分を産んでしまったことで、短い命をさらに縮めてしまったらしい。
覚悟はしていたので涙は流さなかったが、とても悲しかったのは憶えている。
父は葬儀が終わって以来、書斎に閉じこもるようになった。
そしてある夜、墓へ行くからお前も来いと自分を連れ出した。
命日でもないのにこんな時間にどうしたのか? そう思ったが疑問はそれだけではなかった。
父の服装は死者の冥福を祈りに行くような姿ではなかった。
スコップと分厚い本。一輪の花さえ持っていない。
やがて墓までたどり着いた父は言った。
母の墓を掘り返せ。
何の説明もなく言われて当然断ったが、いいからやれの一点張り。
墓を暴くことに罪悪感を感じながらスコップで土を掘り返す。
その間父は本を読みながら何かの呪文を唱え続けていた。
土を掘り返して棺桶が出てきた。きっとこの中には母の腐った死体が……。
そう思い気分が悪くなった瞬間、父が蓋に手をかけ一気に開け放った。
何をするんだ!
行動の早さに目をそらす間もなく、そう思うのが精いっぱいだった。
そして開いてしまった中身が自分の目に飛び込んでくる。
母の死体。しかしほとんど腐っていない。
肌は死者の色だがいまにも動き出しそうな―――いや、動いている!?
母の死体が目を開け、棺桶の中でゆっくりと身を起こす。
それを目にした父親が母の死体を抱きしめた。
「う、あ……。あな、た……?」
久しぶりに聞いた母の声。父は自分の前で初めて涙を流し、母の髪をなでる。
父が行ったこと。
それはいわゆるネクロマンシーというものだった。
死者を動かす魔術があると以前耳にしたことがある父は、
母を蘇らせようと葬儀の日以来、書斎でずっと研究を続けていたのだという。
母と再び言葉を交わすことができて、父は実に嬉しそうだ。
…しかし自分は喜べない。薄情なようだが母の死は自分の中では決着がついていた。
目の前に居るのは生き返った母ではない。ただのゾンビ、動く死体だ。
こんなこと神が許すわけがない。
ゾンビを連れ屋敷へ戻ると、一台の馬車が停まっていた。
自分なんかの下級貴族とは違う、庶民がイメージするお貴族さまが乗っていそうな豪華な馬車だ。
いったいうちに何の用なのかと思っていたら扉が開き美しい女性が降りてきた。
「無事成功したようだな」
彼女は父と母を見てそう言った。
父はそれに対し、どうもおかげさまでとか、このご恩は決して忘れませんだのと頭を何度も下げながら感謝の言葉を繰り返す。
「別に感謝の言葉はいい。代償を支払うのだからな」
事情がよく分からず、突っ立っている自分にお前も頭を下げろと父が言う。
本当によくわからないがとりあえず下げておこう。
そして頭を下げた自分に近づいてくる、コツコツという足音。
地面へ向かった視界に彼女の足が入る。
「頭を上げろ、モゲロ」
自分の名を知っているのか。そう思いながら顔を上げる。すると目の前に彼女の顔があった。
赤い瞳に唇からのぞく牙。
……どう見ても人間じゃない。
後で聞いた話によると、母を蘇らせようとするものの全く進展がない父に彼女が手を貸してくれたらしい。
魔術の基礎も知らない人間が独学で蘇生させるなどどれほどの時間がいるものか。
そんな父にネクロマンシーの手引き書を与えてくれたのがこのヴァンパイアだったそうだ。
もちろんタダでそんなことをしてくれるわけはない。
代償として若い人間……つまり自分を捧げることにしたらしい。
生きている息子と死んだ妻のどちらが大事なのか。
そう怒りたくなったが答えは決まっているので飲み込んだ。
ヴァンパイアは屋敷に客人として逗留することになった。護衛と称する女騎士と一緒にだ。
その程度かと思うかもしれないが、ここは一応反魔物国家。
きっとここを拠点にして、この街、ひいては国全体を落とそうというのだろう。
妻一人のために息子のみならず大勢の人間を危機に陥れようというのか父は。
しかし憤ったところで自分には何もできない。
堕落したとはいえ血の繋がった親を死刑台に送るなんてこともしたくない。
そんなことを考えながら、包丁を振るっていたら指を切った。痛い。
夕食時になっても父と母は姿を見せない。
料理を並べたテーブルについているのは、自分と護衛の女騎士、あとはヴァンパイアだけだ。
「うわー! 美味しそうですねー!」
騎士は涎を垂らしていただきますを待っている。
「ふむ……いい香りだ」
ヴァンパイアも気にいったのか、お褒めの言葉をいただいた。
どーも。我が家は使用人を使わない家風だから料理も何も自分でやるし。
しかし死体のくせに食事をとるとか不経済ではないのか
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