火鼠

強くなりたい。
強く、強く、強く。
この辺りで俺に敵うヤツなんてもういなくなっちまった。
猛者がいると聞けば西へ東へ巡った。
負ける事があっても勝つまで挑んだ。
それを繰り返して、今では俺も名の知れた男だ、ここ一帯で最強の男。

そんな風に呼ばれているうちに良い気になっていたのが敗因だろう。
所詮は片田舎のお山の大将。
手にした力に浮かれていただけの世間知らずだった。

地元をシメ終わった俺は次の強者を探した。
噂で聞いた火山に住う格闘を好む「火鼠」っつう魔物をぶっ倒す事に決めた。
そんで、挑んで、ボッコボコにされた。

「挑戦?いいだろう。私も対戦相手を探していた所だ。受けてたつ。」

炎を纏った魔物だ。小柄な女みたいな見た目で、ツンとした目をして生意気そうだ。腕と足を覆う様に煌々と炎が燃えている。
それなりに引き締まって戦えそうな体はしているが、俺とはガタイが違う。
炎を味方に武器にするなんてのは驚きだがそれ程大した脅威でもない。
1発良いのを入れちまえばこっちのモンだ。

「ハッ、何が出て来るかと思えば小娘かよ。
拍子抜けだな。まぁここまで来たんだお手合わせ願おうか。手加減はしてやるよ」

数手ほど拳を交わして、組み敷いて正拳突きを寸止めしてやって
「俺の勝ちだな、お嬢ちゃん」
なんてやるつもりでいたが、違った。
この魔物娘の拳のキレが、重さが。
女が一瞬で距離を詰めてきた。
疾い踏み込みに、対処しようと体勢を崩した俺の隙を見逃す事無く「突き」のお手本みたいな拳が放たれ、俺の腹に突き刺さった。
滑らかな軌跡を描き、流星の様に速く、鉄の塊みたいに重い一撃を喰らって、俺はぶっ飛ばされた。
何とか立ち上がったがそこに上段蹴りが飛んでくる。
頭に喰らって再度地に転がされた。
その後も酷いモンだった。
根性で何とか闘志を燃やし奮い立って戦ったんだが、完璧にいなされボコされた。

「フン、大した事ないな。
根性はあるみたいだけど。所詮、喧嘩自慢って所だな。
その怪我なら、自力で山を降りられるだろう。じゃあな。」

地に大の字に転がされて、女が去るのを見送る事しか出来ない。
悔しいが、口も動かせない。

何だって女の癖にあんなに強えんだよ!!

悔しさと恥ずかしさが込み上げてくる。
少しばかり強くなって、イキって、調子に乗っていた俺に。
魔物とは言え、あんなに華奢な体で俺に勝ったあの小娘は、俺よりも、強くなる努力を重ねたんだろう。

俺は何をしてるんだ。

このまま引き下がれない。
絶対に、こんな情けない俺のままではいられない。
必ず勝つ。
次は、必ず。

何とか下山した俺はたらふく食って、たらふく寝た。
次の戦いに挑む為に。

「またお前か…。懲りなかったのか?あの体たらくで、もう一度やれば私に勝てるとでも思ってるのか?」

「この間はすまなかったな。お前を侮った。悪かった。
次はまけない。
頼む、挑戦させてくれ。」

「…まぁ、良いよ。かかってきな。」

負けた。
慢心も油断も無かった。自分に持てる物培ってきた物全て出した。
出し惜しみも勝敗の見切りを付け諦めるのも無しだ、100%勝つつもりで戦った。
それでも倒された。

「フー…前よりは良いけど、私には敵わないよ。諦めな。もう来るなよな。」

負けた。
だが、負けない。

俺は下山して体を癒し、万全の状態でまた戦いを挑んだ。

「…また来たの?何度やっても結果は同じだよ。ちょっとだけ良くなってるかも知れないけど、そもそもアナタ弱いもの」

また挑んだ

「ッ…!また来たんだ!性懲りも無く!
言ったよね、もう来るなって。…しつこい!」

また

「また?アンタにはムリだってば、私を倒そうなんて。どうしたってムリな物はムリ。
人間にしちゃ良い線いってるんだからそれで満足したら?」

また

「何で?
何で、何度も何度も挑んでくるの?
私を倒す事がそんなに大事?出来ない事に本気になったって無駄だって分からない?
もう諦めろよ!」

また

「…何で?何でそんなに私に拘るのよ…。
私を倒してそれで?それで何になるの?
アナタは何がしたいの?」

「いい加減迷惑なのよ!何で…?どうして何度も何度も立ち向かってくるのよ!」

何で、か。

「そうだな、何でだろうな…。
俺はお前を尊敬してる。その強さを、武を、その境地に至るまでの全てを。お前自身を。
そんなお前を超えたいんだ。
それでやっと矮小な自分自身も超える事が出来る。
自分よりも、凄い、強い、だから腰を折って拝んで羨望して憧れて、そんな風に諦めたく無いんだ。
自分の惨めさを噛み締めて生きて行く、そんなのはごめんだ。
自分には無い物を持ってるヤツに心が屈伏しちまったら、ずっと憧れるだけの小さな存在になっちまう。
だから、負けたく無い、自
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